2月 26, 2012

ろうそくの灯り&甘酒

先日テレビで北欧の冬を紹介する番組を見て以来、ろうそくが欲しいなあと思っていた。で、さなぎにリクエストして誕生日のプレゼントにしてもらった。

小さいけど、存在感のある灯り。

生来のややこしい性格のせいで、せっかくの家族の集いを台無しにしてしまった私を、この小さな灯りが少しだけ明るくしてくれた。



それはそれとして。過ぎたことはもう忘れよう。

最近買って重宝しているのがこれ。ヨーグルトメーカーの、その名も「ヨーグルティア」。もちろんヨーグルトも作るけど、私の本当の目的は甘酒づくり。

これまでコタツで作ったり、炊飯器を開けっ放しにして作ったり、色々と工夫して作ってきたけど、やっぱり温度管理に苦労した。それが、このヨーグルトメーカーで作ると失敗なし。最適温度は60度。それより低くてもダメ(酸っぱくなる)だし、高くてもダメ(コウジ菌が死んでしまう)という絶妙の温度をしっかり保ってくれる。しかも、12時間というロングタイマー付きなので、スイッチを入れればあとは忘れておけるのが何より有難い。

ヨーグルティア

おかげで、例年になく快適な甘酒ライフ(って何だ?笑)を送っている。

が、今年はちょっと想定外の障害が発生。それは一気に高まった「塩麹ブーム」。テレビで作り方が紹介されて以来、どこに行っても生コウジが売り切れなのだ。乾燥コウジはかろうじて売っているものの、これもいつ売り切れるか分からない。早くブームが去ってくれるのを祈るばかり。

2月 19, 2012

夢から現実へ

何年ぶりかで本格的な雪になった。外は寒い冬。でも甥っ子が遊びに来ている家の中はにぎやかで暖かで、珍しい雪に皆でおおはしゃぎ。

いつもの街はあっという間にすっかりモノトーンに。夢の世界にいるような感じだった。

昨日の午後(注:カラー写真です)

めずらしく、一夜明けてもまだ残っていた!でも、もう色つきの世界にもどっていた。見慣れた景色が雪化粧してちょっぴり綺麗になっている。

今朝

雪深い地方での暮らしに思いをはせた。家のなかに大勢の人が一緒に暮らしていることが、寒い地方で暮らすのには必須だと今回つくづく思った。幼い子がいるとなおいい。

2月 12, 2012

おだやかな週末

良い天気の日曜日。久々にゆったりとした気分で家に居る。暖かい日差しに誘われて、タマジもコタツから出て日向ぼっこ。こんな日が一番いい。

陽だまりで上機嫌のタマジ


中2のサナギは、あさってのバレンタイン・デーに備えて菓子づくり。14日には、学校で(女子ばかりなのに)チョコレート大交換会が行われるらしい。サナギは生キャラメル。今年は色々と変りだねを作った様子。

上:ホワイトチョコ&ラズベリー
左:はちみつ&ブランデー
右:コーヒー
小さく切り分けて、セロファンで包む。


一方、私は来週のジャガイモ植え付けに備えて、種イモの準備。3種類の種イモを適当な大きさに切り分けて、切り口に灰をつけておく。しばらく天日で乾かして準備完了。本にそう書いてあったんだけど、こんなんでいいのかな?ほんとうに、今年1年は何でも失敗覚悟でやってみるしかない。そのうちに、少しずつ色んなことがわかってくるのを期待して。

種いもを灰で消毒して天日干し。
左:きたあかり、中:メークイン、右:男爵

来週末、甥っ子と一緒に植えるつもり。晴れたらいいな~

2月 04, 2012

足の裏・タネの話

たとえ短時間でも、畑に行って何らかの作業をしてきた後に入るお風呂は本当に気持ちがいい。特に足の気持ちよさが何ともいえない。まるで足の裏マッサージを受けているような(受けたことないけど)。疲れが癒されるとはまさにこんな感じを言うんだろうなと思う。ただし、これは街を歩き回ったときの足の疲れ方とは全くちがうように思う。どこがどう違うんだろう?

たぶん、畑では足の裏がちゃんと仕事をしているのだと思う。靴をはいて、舗装された平らな道やオフィスの床を歩くだけだと、足の裏はきっと何の仕事もしていない。それに対して、畑の中を歩き回るときは、でこぼこした地面にうまく対応すべく、つねに足の裏も何らかの作業をしているのだと思う。

畑で作業をしていると、身体のことついて色々と気づくことが多い。

あと、最近あらためて感じるのがホームセンターの楽しさ。こんなものまで売ってるのか!と楽しくなってしまう。ひとつひとつの品物に、ある種の機能美さえ感じてしまう。もの作り、道具、材料、そういうものたちのディープな世界がそこにある。

そして、ディープな世界といえば、タネの世界。これまで全く知らなかったが、またまた、ヨガのaccoちゃんのおかげで知ることとなった種苗業界の裏事情。

野口勲さんというタネやさんの本によると、いま市場に出回っている野菜のほとんどが「F1」と呼ばれる「1代交配種」のタネで栽培された野菜で、プロの農家向き、大量生産向きの野菜だ。味よりも、見た目の良さや、輸送しやすさ、収穫量の多さを追求している。それに対して、見た目は悪くとも昔ながらの個性的な味を持ち、自家採種しながらずっと育てられる、その土地その土地に適した品種を「固定種」と呼ぶらしい。もちろん家庭菜園には固定種のほうが向いている。

ところが、今その固定種と呼ばれる野菜の種はほとんど販売されていないのだそうだ。本の著者である野口さんのところでは、かろうじてまだ売っている。なので、道具はホムセンで買うけど、タネはなるべく「野口種苗」で買おうと思っている。ネットでも買えるし、値段も良心的だし、何より、手作りのタネの袋に野菜の紹介や作り方が愛情たっぷりに書かれているのが嬉しい。

このタネの問題は、知れば知るほど深刻で、世界規模の問題になってきている。もしかすると、原発と同じぐらい深刻な問題かもしれない。原発同様、これからもずっと注目していこうと思う。

1月 15, 2012

幼児の耳

甥っ子の話すのを聞いていて、面白いことを思い出した。幼児語に見られる独特の規則性のこと。

甥っ子の場合: 「コップ」と言おうとすると「ポック」になり、「キップ」と言おうとすると「ピック」になる。

それで思い出したのが、サナギの小さい頃。サナギの場合: 「ピカピカ」と言うかわりに「キパキパ」になっていた。

お分かりだろうか?母音はそのままで、子音だけひっくり返るのである。なんでだろう??

小さいときは、子音と母音がばらばらに認識されるのだろうか?そのうち、それらが一体として認識されて、日本語という体系に収斂していくのだろうか?

なかなか面白い。

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そして、畑の現況: ショック!ソラマメの芽に、びっしりとアブラムシが!!

とりあえず、除虫菊スプレーと、油水で応急処置をしておいたけど、これからまた被害にあうかも。なかなか難しい...

1月 14, 2012

甥のこと、伯母のこと

年始から1週間、妹と甥っ子が来ていた。

人生のはじめから口が達者だったサナギに比べて、甥っ子はなかなか語彙が増えず、いつまでたっても「マンマ」しか言えなかったのに、最近は会うたびに口が達者になっていてびっくりする。妹に聞けば、最近は仕事が忙しくて、保育園の迎えから夕飯、夜の遊びまで、すっかりお姑さんに任せているそうだ。お姑さんのところは近所づきあいが密で、お姑さんは甥っ子を連れてしょっちゅうご近所さんを訪問するらしい。

久々に会った甥っ子のしゃべり方にちょっとびっくりした。

(タマジにちょっかいを出しながら)
「こんなんしたら、タマジくん、いやがらはる?」

(お風呂がわいて、それを知らせる音楽が鳴ったとき)
「あ、だれかお風呂はいりませんか~ってゆうたはるわ。」

なんと、すっかり京都のことばになっている!これは明らかに妹のしゃべり方ではない。むこうのお祖母ちゃんのしゃべり方だ。私はこの甥っ子のしゃべり方を聞いて、この子がどれほどお祖母ちゃんっ子になっているかが分かったような気がした。

母親がひとりで育てていると、つい子守をテレビやパソコンなどのメディアに任せてしまい、どこで育ったのかよく分からないような話し方をする子どもが増えていると思う。そんな中、この子はちゃんと方言を身につけつつ育っていると思うと、ちょっと嬉しくなった。

お姑さんが甥っ子に甘いものを食べさせすぎるだの、甘やかしすぎるだの、妹は色々と心配しているが、子どもがしっかりと生身の人間関係の中で育っていることについて、妹はお姑さんに大いに感謝すべきだと思う。

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そして、ちょうど妹親子がやってくる日に訃報が届いた。

元日に、芦屋に住む伯母(※母の一番上の姉)が亡くなったという報せだった。みんな覚悟はしていたが、やはりかなしかった。幼い頃は自分の母親に縛られ、嫁いでからは夫に縛られ、服従また服従の人生だった。もう少し長く生きて、せめて人生の最後ぐらいは自由を満喫してほしかったのに。70歳を越えた頃から急に血が造れなくなり、治療法はないと言われた。私はひそかに幼少期の被爆のせいではないかと思っている。(伯母は原爆投下後、すぐに広島市内に戻って小学校に通っていたらしい。)でも、今となってはもう検証のしようがないし、しても仕方がない。

そんなに頻繁に会う関係ではなかったが、長女特有の意地の強さ、頑固さを共有する者として、この伯母には特に親近感を覚えていた。私の母は3姉妹の末っ子で、この伯母をつねに心の支えにしていたから、母もずいぶん心細く感じていると思う。

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ところで、妹のおなかの中には次の生命が宿っている。

こうして、ひとつの命が逝き、またひとつの命がやってくる。そういえば、甥っ子が妹のおなかに宿ったのも、祖母(※母の母)が亡くなったときだった。

1月 09, 2012

年末年始覚書

題して、写真でたどる年末年始。


今年のクリスマスの主役。
職場の同僚が陶器で作ってくれたサンタとトナカイ。
それと、年若い友達が毎年送ってくれる木製リース。

年賀状のデザインに使おうと近所で集めた葉っぱと木の実。
野ばらの実・ヘクソカズラの実・ヨモギの葉・南天の葉・ツツジの葉など
でも結局これは使わなかった。

年の瀬が押しつまった頃に訪れるサナギの誕生日。
生クリームのケーキは苦手なサナギのために
チーズケーキで作ってもらったケーキ。

31日になって、ようやく大そうじ。
慣れない作業で(部屋の掃除)ぶっ倒れるサナギを見守るタマジ。

こんどは自分がぶっ倒れているタマジ。
「猫はコタツで丸くなる♪」というのは大間違いで、
コタツの中の猫は基本的にのびている。

これは他人の画像のパクリ。
月食の頃、ツィッターやfacebook に出回った素敵な画像。

年が明けて新年。
最近恒例になってきた神戸布引ハーブ園行き。
ロープウェイに乗って大阪方面を臨む。
よく晴れて風の強い日だった。寒いけど気持ちよかった。
お目当てはハーブ園のビュッフェ・レストラン(画像なし)。

いい天気だったのに急変。いきなり小雪が降り始めた。
でもハーブ園内に設置された無料の足湯に脚を入れたらぽっかぽか。
神戸の景色を一望しながらくつろげるこの足湯は◎。

久々に行ってみた畑では、遅れて蒔いた絹さやが芽を出していた。
ほったらかしでも、年末年始、ちゃんと成長していた。

1月 01, 2012

今年もよろしく

年が改まって、また新しい1年が始まりました。みなさん今年もよろしくお願いします。

蝋梅(ロウバイ)の花

道を歩いていたら、ほんのりといい香り。ああ今年もまた新年が始まるのだなあと心から実感するのは、この香りに出会うとき。それは私の大好きな花、ロウバイ(蝋梅)。今年はなぜかどの蝋梅も葉っぱが沢山残っている。そういえば、秋の紅葉も赤くならずに枯れたり、なかなか葉っぱが散らない木があったりして、何かへんだった。

芽を出したえんどう豆

今年も畑をがんばるつもり。いま植わっているのは、タマネギ2種類、えんどう豆、ソラマメ、絹さや、蕪、ほうれん草、レンゲ、お試しで植えてみたインド土産のコリアンダー、ビーツ。収穫はまだまだ。

タネのこと、野菜の栽培周期のこと、土壌のことなど、やってみないと分からなかったことなどがいっぱいあって、やっぱり何事も体験あるのみとしみじみ納得。

芽を出したソラマメ

昨年の最大の収穫は、自分の居場所を見つけたこと。畑にひとりで居ると、ああこれこそが自分の知ってる自分だと実感する。自分が一番自分らしく居られる場所、それが「居場所」だと思う。それは私の場合、土、虫、植物、鳥などが豊富にそろった場所なんだと改めて気がついた。

出血多量の結果、ひどい貧血になっていたことが分かり、薬嫌いで有名な私だけど、やむなく鉄剤を飲んでいる。動悸息切れ、耳鳴り、頭痛があまりに激しくなってきていたので。初めての体験にびっくりしているところだけど、これまでが健康すぎたのかもしれない。これでようやく少しは人の痛みが分かる人間になれるかもしれないと思うと、これもひとつの収穫と思うべきかも。

というわけで、しばらく更新が滞っていたこの日記を忘れずにのぞいて下さった方、有難うございます。畑のことは紙のほうの日記帳に書いていっているので、なかなかこちらに報告できずにいました。でも、こちらの日記もまたちょこちょこ更新していきますので、どうぞよろしく。

11月 20, 2011

微妙な年頃

というのは、サナギのことじゃなくて自分自身のこと。男性も読むかもしれないこのブログでこんなことを書くのはためらわれるが、実はここ数ヶ月、婦人科系の不調に悩んでいる。具体的に言うと、出血が1ヶ月以上も止まらず、体中の血がなくなるんじゃないかと心配している。あまりに心配なので、とうとう病院に行った。病院嫌いのこの私が。そして半強制的にガン検診なるものを受けさせられた。

結果が出るまで色々考えた。人生のことについて。これまでの私の生き方からすれば、もしガンが見つかったとしても、ここであえて治療をせず自然な寿命に任せるべきではないか、たとえそれが50年以下という比較的短い期間であったとしても、それが私の全人生なのではないか、などなど。それにしても、もしそうなれば残されたサナギはどうなるのか。母の最期は誰が看取るのか...

結果は何ら異常なしだった。「おそらく急に肉体労働(畑のこと)をやってホルモンバランスが崩れたのでしょう。そのうち出血も止まるし、また正常な身体に戻ると思いますよ。でも貧血には注意して下さいね。」とのことだった。ちょっと拍子抜けしたけど、何もなくて本当に良かった。ふだん病気しないだけに、ちょっとの不調でこんなに大げさに考えてしまった自分が恥ずかしい。

にしてもだ。色々とこういった方面の不調が出始める年頃なんだなと悟った。同年代の女性はみな、何かしら不調を抱えている。こうやって、本格的におばちゃんになる準備が着々と進んでいるわけだ。なかなか心のほうがついて行かなくて困るけど、なんとか心身の年齢を一致させつつ人生を歩んでいきたいものだ。

大学・大学院と受けていた奨学金の返済がようやく今年で終わる。なんとなく区切りの年齢なのかも。

今日、タマネギ2種類とソラマメ、えんどう豆、ほうれん草など植えた。すくすく育ってほしい。

10月 24, 2011

初マメ

昨日はひたすら耕した。耕して、有機石灰(牡蠣の殻)を撒き、また耕して、腐葉土と馬糞を撒き、そしてまたそれを鋤き込んで...初めて手にマメができた。左手親指の内側。

たった1畝だけなのに、ものすごくしんどい。くたくたに疲れて帰ってきて、すぐにお風呂に入ったら、この世の極楽だった。畑仕事のあとのお風呂。これ以上気持ちのいいものはない。疲れた筋肉がほぐれていく感じ。どろどろになった身体が清潔になっていく感じ。そして風呂上りのビール!たまらん。

植えるものは決まった。タマネギとソラマメ、えんどう豆。今からだと、それぐらいしか植えられないらしい。そして収穫は来年の春。気の長い話だけど、すごく楽しみ。

10月 23, 2011

タマジ vs カマキリ

ベランダに飛んできたカマキリ


たいへん!タマジに見つかる。


渾身の威嚇のポーズ!!

威嚇を続けるカマキリ。真ん前に座り込むタマジ。

あまりに余裕のタマジ


威嚇続行

長期戦になりそう...


試合に動きが!
逃げたカマキリを追いつめるタマジ


再び素早く威嚇のポーズ!ふりだしに戻る。

10月 15, 2011

畑の仲間たち

ようやく雑草を剥がし終わった。となりの荒地から笹が伸びてきているので大変だった。ちょっぴり開拓民の気分。

雑草を取る前。ここなら使っていいと言われたけど...ひどい状態。

雑草を取った後。けっこう広い!
前の人が植えたと思われるサツマイモが出てきた!

草をめくると、その下は虫の楽園。立派なコオロギが飛び出す飛び出す。なんでも中国には「コオロギ相撲」というのがあって、強いコオロギが高値で売れるらしい。中国に売り飛ばしたら大金持ちになれるだろうなあ。

コオロギを食べるカマキリ

畑の横を走る高速道路の騒音がうっとおしいけど、それ以外は何の物音もしないため、畑に居ると色んなかすかな音に気づく。

この前、何かカリカリと小さな音が聞こえたので、探してみるとカマキリが食事をしていた。食べているのはコオロギ。私が写真を撮ると、コオロギを取られると思ったのか、食べかけのコオロギを大事そうに抱えて、逃げてしまった。「要らんわ、そんなもん。」と、独り言。

畑にいると、よく独りごとを言うのが自分でも可笑しい。

松虫

マツムシに遭遇。声はよく聞いていたけど、姿を見たのは初めて。昼間はコオロギばかり鳴いていて、夕方暗くなり始めるとマツムシも鳴き始める。いつも、マツムシが鳴き始めると作業を終えることにしている。歌にあるように「チンチロリン」と鳴くのだけど、実際は歌の歌詞よりもっと早口で鳴く。「チチロリンッ!」って感じ。

るり色のハムシ
信じられないほど綺麗な色

雑草を豪快に剥がしていると、ときどき草陰から青い綺麗な虫が出てくる。るり色のメタリックカラーの甲虫。とても小さい。信じられないほど美しい虫で、すっかりファンになってしまった。ネットで調べたら、ハムシの仲間だった。ハムシには綺麗な色のものが多い。出会うのが楽しみ。

ツマグロヒョウモンのオス
サツマイモの葉によく来ている

蝶は私の専門分野。ルリシジミ、ウラギンシジミ、そしてこのツマグロヒョウモンがいつも畑に常住している。作物に卵さえ産まなければ、目の保養のために、いくら居てくれてもいい。

先日は畑の持ち主の「ツンデレじいさん」(※私がサナギに「ツンデレ」ってどういう意味?と聞くと、「あの畑のじいさんみたいな人のこと」と教えてくれたので、以来こう呼ぶようにしている)とめずらしく畑で遭遇した。じいさんの仕事ぶりを横目で見てみると、もう見事のひとこと。動きに全く無駄がない。それに、土や道具、作物などを愛しむように扱う。引いた雑草を捨てるときでさえ、その捨て方にこだわりがある様子。そこに一種の美を感じてしまった。貴重なものを見せてもらった。

10月 03, 2011

彼岸花・野葡萄・畑

さなぎの通う乗馬クラブから畑用に馬糞をもらってきた。同じ乗馬クラブに通ういたちさんに、車に乗せてもらえたお陰で、結構たくさん運べた(いたちさん、ありがとう!)。いい肥やしになるのだそう。ほぼ無限にあり、しかも無料!ありがたい。

何度か通ううちに、畑が可愛くなってきた。馬糞を運んだついでに、昨日も3時間作業。途中、モズが可愛い姿を見せてくれたり、近くでマツムシが鳴いていたり、山鳩が来てくれたり、色々と仲間もいる。

まだ何も分からず手探り状態だけど、いつか孫に自分の作った野菜を安定して提供できることを目標に、今から頑張るぞ!(気の長い話...)

畑への道に咲いている彼岸花


大好きな野葡萄

真ん中のひと畝が私の畑

10月 01, 2011

突然のお別れ

生と死が入れ替わるのは新月のときが多いという。サナギが生まれたのも新月の朝だった。

そして、今回も新月の日だった。とつぜんの訃報。ガンで闘病中の職場の女性が亡くなった。あまりに突然のことで、所員一同まだ茫然としている。

享年53歳。まだ若い。家も買ったばかりだし、可愛い犬も飼い始めたばかり。これからまだまだ楽しいことがあっただろうに。職場では、彼女と私だけ子どもがあったので、よく色々と相談に乗ってもらっていた。席が近かったので、毎朝いろんなことを2人で話した。

美しく落ち着いた声の持ち主で、電話を取るのは専ら彼女の仕事だった。大阪の女性らしく、軽妙な冗談のやりとりも上手だった。人との距離のとり方もすごく上手で、過剰に踏み込まず、かといって冷たくもないという、バランスのとれた性格の持ち主だった。

なんでこんなことになってしまったのだろう。きつい抗がん剤を投与されていると言っていた。きつい抗がん剤が、ガンではなく彼女をやっつけてしまった。

すぐまた戻ってくると思っていたのに。職場の先輩として、人生の先輩として、すごく頼りにしていたのに。毎日聞いていた、あの声がもう二度と聞けないなんて。もう二度とあの可愛い笑顔が見られないなんて。ついさっきまで側にいた人が、もうこの世にいないなんて。

死というものは、何度ふれてもびっくりする。うろたえる。

今日は彼女の告別式。こんな形でしか再会できないなんて...

高校卒業してすぐに働き始め、一度の出産をはさんで、ずっと働きづめだったTさん、本当におつかれさまでした。あなたのことは一生忘れません。

9月 26, 2011

地下の世界

ようやく畑の鍵をもらった。

この連休のあいだに何度か行って、草ぼうぼうだった1畝を何とか使える状態にした。まだ暑いので、作業は朝6時から、せいぜじ7時半ぐらいまで。山から朝日が出てしまうと暑くて作業ができない。

目下ひどい筋肉痛。でも気分は最高。

地上で暮らす生き物もいれば、水中で暮らす生き物もいる。そして、地下にも、そこで暮らす生き物がたくさん居ることを思い知った。

畑で何かを作るということは、その地下の世界に少し割り込ませてもらうということ。

お邪魔します、という感じ。

野ぶどうが色づき始めた

9月 11, 2011

ずんだ餅&畑の主

失敗失敗。いつものように北海道産の冷凍えだまめ250gをネットで頼んだつもりが、なんと1kgの袋が届いた!自分のミスなので返品もできない。どうしよ...

それが冷凍庫を占領してしまっているので、早急になんとかせねば、ということで、東北名物「ずんだ餅」を作ることにした。ちょうど明日は中秋の名月。今年は震災にちなんで東北名物「ずんだ餅」をお供えすることにした。ちょっとお月見には似合わないかもしれないけど、枝豆を大量に消費するにはこれしかない!

話かわって、畑の件。

今日ようやく、畑を貸してくれる地主のNさんに会ってきた。仲介してくれたのは、母のお客さんのSさん。なかなか手強そうなおっちゃん、というかじーちゃんだった。仲介のSさんも同じ畑を借りている。でも、地主のNさんに今日はさんざん叱られていた。

原因は雑草。いま生え放題になっていて、それを見るたびNさんが腹が立ってしかたがないらしい。紹介された私や、付き添いで来てくれた私の母などそっちのけで、雑草を生やしたSさんを叱り飛ばしていた。

「わぇのやっとう畑見てみぃ。雑草のざの字も生えてへんやろが。おまえが頑張ったんは最初の1年だけや。素人はな、最初だけ喜んでやるねん。そやけど続かへん。」

こわ~い!!私たち3人(Sさん、母、私)は、まるで校長室に呼ばれて怒られている生徒のようにNさんの前で頭を垂れていた。本当に私にできるんだろうか...前途かなり不安。そして、私に割り当てられたのは、雑草に埋もれている一番端の2畝。雑草が茂りすぎて畝があることさえ分からない。

Nさんは、いかにも働き者です!というような80代のじーちゃん(見た目にも、かなり強靭そうな身体をしている)。かたや私はデスクワークしかしたことのない、怠惰で非力な街の女(という感じでもないか?)。たぶん私のことなんて、「どうせむりやろ」としか思ってないと思う。まったく期待されてないというのも、まあ気楽でいいかもしれない。

とにかく顔合わせは済んだ。あとは畑の合鍵をSさんに作ってもらって、ひたすらやるだけだ。

というわけで、畑の鍵をもらったら、しばらくネットから遠ざかるかもしれません。何か重要な情報(イベントのお知らせとか)があったら、どうか心ある人、私に一報して下さいね~

余計なことだけど、今日ひさびさに「わぇ」という一人称を聞いてちょっと感激した。そういえば私の父も、自分のきょうだいの前では自分のことをそう呼んでいたな...と。

9月 04, 2011

天の川に抱かれて

「手作り日和」で書いたような一見優雅そうな(?)一日を過ごしたのは昨日のこと。今朝はそれと真逆な朝だった。

そもそも始まりが悪い。朝の3時半ごろのこと。タマジが毛玉を吐く音で目が覚めた。猫は世話要らずだけど、この毛玉吐きだけはどうにもならない。いつ何時、どこでやられるか分からないからだ。これを早朝にやられるとしんどい。真っ暗な中、他の家族を起こさないように懐中電灯で床をサーチしながら音のしたあたりにたどり着き、ティッシュとスーパーの袋と「手作りファブリーズ(重曹水+精油)」で処理する。まあこれには慣れているので、いつもの要領で手際よく片付ける。そして二度寝。

その二度寝の最中、ぜんぶ吐いてしまってお腹が空っぽになったタマジが、餌をねだりに私を再三起こしに来る。眠いので無視していると、どんどん工夫して起こそうとする。その工夫がかなり悪質。私の大事な楽器(ピアノのような楽器。スピネット)の上にのぼり、ドスンと降りるのを繰り返す。それでも無視していると、楽器の上からさらにその横の棚のほうへ登り、ごちゃごちゃと物が置いてあるあたりをわざと歩こうとする。それでもまだ私が無視していると、

ガッシャ~ン!!と音が。

ああ.....

棚に積んであったビーズのケースと一緒にタマジが落ちてきたのだった。大量に買い込んであるビーズを種類ごとに分類してプラスチックの容器に入れてある。落ちたとき、その蓋が開いていませんようにと祈りながら、下半身を落下物に埋めたまま、私は懸命に狸寝入りを続けていた。なぜなら、いま私が起きると、「物を落とす」→「私が起きる」というパターンをタマジに学習させてしまうことになるからだ。それだけは避けねばならない。

がんばって起きないようにしていると、タマジが私の布団の周りをぐるぐる、ぐるぐる歩き回る。「まだ起きへんのかな~この人は」というタマジの声が闇の中から「ぶるるん、ぶるるん」と聞こえる。が、それに混じって不穏な音が!それはまぎれもなく、畳にばらまかれたビーズの音。やっぱり蓋は開いていた。が~ん。

タマジは歩くたび、彼の肉球にビーズを埋め込み、それを他の部屋へと散らしていく。もう限界だ。起きてやる!(ただし、タマジに餌はやらないぞ!)と覚悟を決めて部屋の電気をつけてみた。

あぜん...

よく、「宝石箱をひっくり返したような星空」という表現があるが、私の寝床の周りでは、比喩ではなく本当に宝石箱がひっくり返されていた。

その後、ビーズ拾うのに何時間かかったか、誰にも言いたくない。

そして、ビーズの分類はもうめちゃくちゃ...
しかも、猫の毛がまじってる!!

反省:落とされて困るものは、最初から床の上に置いておこう。
    →あくまで猫を叱らない(猫派の人なら分かってくれるはず)

手作り日和

台風がなかなか去ってくれない。こんなに雨が降ったのは初めてだ。予定をすべてキャンセルして、家に閉じこもらざるをえない。こんな日は、絶好の「手作り日和」。前から材料は準備していたものの、なかなかまとまった時間がなくて放置されていた計画をふたつ実行に移すことにした。

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ひとつは「ラベンダーの虫除けサシェ(香り袋)」づくり。

先日、家族で淡路島に行ったときに買っておいたラベンダーのドライハーブを使って、タンスに入れる虫除け袋を作った。ラベンダーは、香りがいい上に虫除けにもなる。古い木綿の布で小さな袋を作り、そこにラベンダーのドライフラワーを入れるだけ。保留剤(匂いを長持ちさせるもの)として、カレー用に買ってあったコリアンダーの種も少し入れた。

タンスに入れるだけなので、袋はべつに丁寧に作る必要はない。大きなな波ぬいでざくざく縫っていく。最近は何をするにも手縫い。ミシンを出すのが面倒なのと、あの騒々しい音が嫌いなのの両方で。好きな音楽を聞きながら、針と糸で布を縫い合わせていくと、なんともいえず贅沢で豊かな気分になる。

ラベンダーの花とコリアンダーの種
むかし作った青虫のスカートを再利用


出来た袋を何故か
タマジが温めてくれる

ベニシアさんのハーブの本によると、より虫除け効果を高めるために、乾燥させたローズマリーや、ヨモギの葉を入れてもいいらしい。

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もうひとつは、ソープナッツ(ムクロジの実)を使った「手作り石鹸水」づくり。

ソープナッツというのは、古来せっけんとして使われてきた木の実。インドでは「リタ」、日本では「ムクロジ(無患子)」という。その実の果皮には天然せっけん成分のサポニンが多く含まれ、水に入れて泡立てると石鹸のような泡が立つ。洗浄力・殺菌力は非常に高い。日本では奈良時代から薬用植物として神社などに植えられてきたらしい。

この実のことを、インドで買ったハーブの本で見て以来、ものすごく興味があった。いつか本物を見てみたいと念じていたら、なんと先日accoちゃんがインドから取り寄せたのを分けてくれたのだ。甘酸っぱくて美味しそうな匂いのする、つるつるした実だ。やはり本で読んだだけでは、この手触りや匂いが分からなかった。実物に出会えて本当にうれしい。accoちゃんに感謝。

ソープナッツ(ムクロジの実)の果皮

このムクロジ石鹸水、食器洗いにも洗濯にも使うつもり。私がこの実のことを知った本には、古代の聖者が自分の服をソープナッツで洗っている絵が描いてある。accoちゃんによると、今でもインドの田舎ではこの実で作ったシャンプーで髪を洗うらしい。私はちょっと秘密の用途にも使ってみようと思っている(決して怪しいものではありません!)

煎じて作ったムクロジ石鹸水

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畑のその後については、まだ何も報告できない。というのも、畑の柵には鍵がかかっていて、まだその合鍵をもらってないのだ。持ち主さんから声がかかるのをひたすら待っている状態。憧れだけがふくらんでいく...

8月 21, 2011

はじめの第1歩?

ずいぶんと間があいてしまった。いつのまにか夜明けが遅くなり、虫の鳴き声も変わってきた。夜になると、秋のような虫が鳴いている。夏から秋へ。何となく切なくなる季節。

その間に劇的な進展を遂げたものがひとつ。それは、かねてからの夢だった「自分で自分の食べるものを作る」というプロジェクト。

「いつか田舎で暮らしたい。そして、自分の食べる野菜ぐらいは自分で作りたい」という夢を抱き始めてからもう何年も経つ。私の周りの人たちも、私のこの夢物語を何度も聞かされている。でも、実際は今の生活を急に変えるわけにいかない。仕事のこともあるし、サナギの学校のこともある。しかしそうやって、「いつか、いつか」と言い続けて結局なにもできないまま人生が終わってしまうかもしれない。ただの夢物語で終わってしまうかもしれない。それは嫌だなあ...

サナギも随分大きくなり、手もかからなくなってきたし、今年あたり自分の将来につながるような何か新しいことを始めるぞ!と、年賀状にもそんなようなことを書いた。

そこで、夢を実現すべく、とにかく何でもいいから動き始めようと思い、以前テレビで見た貸農園の情報を思い出して、ネットで漁った。野菜作りは田舎に行ってから始めたのでは遅い。それまでにせめて野菜作りの何がどう難しいのか、どんな土地を選んだらいいのか等、「つかみどころ」みたいなものを少しでも体得しておかねば。何かひとつでも動き出さなければ。

でも、ここでネックになるのが私に車がないこと。免許も持ってない。それは田舎で暮らすには致命的じゃないかと人によく言われる。このたびも、職場の同僚に「田舎に住みたいなら、まずは車の免許でしょう!」と言われた。ただ、この件に関しては自分なりのこだわりがあって、あえて車に頼らずにやってきた。とりあえず今はまだそこは曲げたくない。

ということで、車がなくても行ける農園を探したら、奇跡的に1件みつかった。それは高槻駅前。かなり遠いけど電車1本で行ける。駅から歩いて5分。さっそく見学を申し込んだ。でも見学の前に現地をひとりで見てこようと思い、仕事帰り(反対方向だけど)にこっそり見に行った。たしかに畑はあった。でも、すぐ横を電車がひっきりなしに通る。騒音がひどい。それに、そこは何とも言えず悲しい雰囲気のする場所だった。これはちょっと無理かも。ということで、見学はキャンセル。

他の農園はぜんぶ車がないと行けないところだった。とうとう「車なし生活」に別れを告げるときが来たのか?いずれ本当に田舎で暮らしたいのなら、どっちみち要るんだし。もしそうなら、今のうちに免許を取っておくことも夢の実現への第1歩なんじゃないかと考えるに至り、おもむろに自動車学校の情報にアクセス。思い切って免許を取るか!と覚悟を決めていたところに、思わぬ展開が。

母の仕事のお客さんのつてで、近所に1畝(うね)だけやらせてもらえる畑が見つかったのだ。あまりに激しい私の動きを警戒して、母がお客さんに頼んでくれたらしい。私は思い立つと、考えるより先に行動にうつしてしまい、十分な準備もないまま、周りを激しく巻き込みつつ突き進んでしまうところがあるので、母は何とかそのスピードを和らげようとしたのかもしれない。とにかく見つかった。

家から歩いてすぐのところ。まだ現地は見てないが、歩いて行けるというのが何より良かった。これで当面は車の免許も要らないし。たとえ1畝でも畑は畑。初心者には十分だ。とにかく何でもいいから作り始めたい。意外にも、サナギが興味を示している。これから夢の実現へと向かっていくための、まずは小さな第1歩。

夜明けがずいぶん遅くなった
午前5時ごろの朝焼け

8月 06, 2011

この夏の2冊

私にとって、なぜか夏といえば読書。きっと大学時代の長い夏休みの名残りだろう。やることがないので本ばかり読んでいた。

 
そして、夏になると必ず読みたくなるのが、トーベ・ヤンソンのムーミンシリーズ。特に冬の話。今夏は、『ムーミン谷の冬』を読み返した。雪と氷に閉ざされた北欧の冬の話を、うだるような暑さの日本の夏に読む。このギャップがたまらない。ムーミンといえば、子供向けと思っている人も多いようだが、決してそうではないと思う。むしろ色々な人と出会い、様々な経験した大人にこそ、この物語の真価が分かると思う。

ムーミンシリーズに出てくる生き物は、みんなとても魅力がある。「弱気」や「意地悪」、「傲慢さ」や「消極性」などといった、「負」の性格を抱える生き物たちが、詩的にデフォルメされて、ささやかな生をけなげに紡いでいく様子が語られる。人間は本来、誰でも色々と厄介な癖を持っているものだと思うので、デフォルメされているにもかかわらず、ものすごくリアルに感じる。(ちなみに、私の一番好きなキャラクターは、「ちびのミィ」。意地悪で気の強い毒舌家だ。)

そして、想像を絶する北欧の冬!長い長い冬のあいだ、太陽を拝める時間はごくわずか。北欧世界における「夏」の貴重さ、「夏至の祭」の特別さに自然と思いを馳せてしまう。かの地に暮らす人々にとって、毎日太陽が上って沈んでいくということは、決して当たり前のことではないのだ。それが分かるだけでも、この物語を読む価値があるかもしれない。

ムーミンシリーズは、「ムーミン谷名言集」なるものが作れるほど、物語が名言に満ちあふれているのもいい。今回も名言に出会ってしまった。それは、トゥーティッキ(おしゃまさん)の言葉。

冬眠しているはずのムーミンがなぜか目覚めてしまい冬の世界を初体験する。何もかもが初めてで、世界がまるっきり変わってしまったかのように感じ、もう春が来ないんじゃないかと思いながら不安な毎日を過ごす。が、やがて太陽の見える季節やってきて、その不安は晴れる。冬眠をしないトゥーティッキーは、不安がるムーミンにそれを伝えて安心させてやることもできたのに、あえて教えなかった。ようやく不安から開放されたムーミンがトゥーティッキに、「どうしてこのことを冬のあいだに言ってくれなかったの?ぼくが不安がっていたのがわからなかったの?」と訴えた。すると、トゥーティッキは、「どんなことでも、自分でみつけださなきゃいけないものよ。そうして、自分ひとりで、それをのりこえるんだわ。」

かっこいい!と思った。トゥーティッキのモデルは、作者トーベ・ヤンソン(女性)の私生活でのパートナーのトゥーリッキ・ピエティラ(女性)という人だと言われている。つまり、女性同士。もしかすると、トーベ・ヤンソン自身、「自分ひとりでのりこえるような何か」をたくさん抱えて生きていたのかもしれない。


そしてもう1冊、私にとってとても重要な意味を持つ本に出会った。それは、澤口たまみ著、『昆虫楽園』(山と渓谷社)だ。著者は絵本作家/エッセイストだが、岩手大の大学院で応用昆虫学を専攻した虫の専門家でもある。『虫のつぶやき聞こえたよ』というエッセイで、第38回日本エッセイストクラブ賞を受けている。根っからの虫好きで、猫好きで、間違いなく私と気が合いそうな人。

澤口たまみ著 山と渓谷社

私は小学生から中学生にかけて、蝶の採集に夢中だった。夏休みになると、毎日ひとりで捕虫網を持って出かけて行き、近所で蝶を採った。お目当ての蝶が捕まると、半殺しにして持って帰り、展翅版の上に貼り付けて標本を作る。父から伝授されたこの趣味は、父方の家に代々伝わる夏の楽しみだった。

それはそれは楽しかった。蝶を追いかけていると時間を忘れたし、好きな種類の蝶に出会えるよう、場所や時間を工夫するのは、まるで恋の作戦のようだった。そう、私は蝶に恋していたのだ。

でも、だんだんと大きくなるにつれ、それがいかに残酷なことであるかを自覚し、もう採らなくなった。たくさんの蝶の命を奪ってきたことを後悔もした。虫好きの人たちの中には、こういう苦い気持ちをひきずったひとが少なからず居ると思う。

おそらくこの著者もそうなのだろう。この本の中で、彼女は子どものときに自分が捕まえて、捕まえてみたものの、思ったほど綺麗じゃなかったため逃がしたコムラサキという蝶にこう言わせている。

「鳥に食べられたものは、鳥がそのいのちをつなぐのに役立つから、決して無駄な死ではない。いっぽう人間の子どもに捕まったときは、場合によってはいのちを捨てる羽目になる。だけどなかにはね、いるんだ。その心のなかに、ずっとずっと、ぼくらを棲まわせてくれる子どもが。」

このくだりを読みながら、電車のなかで涙があふれそうになって困った。このコムラサキの言葉だって、しょせんは人間が言わせた自分勝手な言葉だ。けど、もし本当にそうであるなら、私のあの宝石のように美しい夏の日々を悔いる必要はないのかもしれない。

澤口たまみさんの心のなかには、名のない黒猫が住んでおり、「聞き耳」として虫の世界との通訳をしてくれるらしい。その同じ黒猫が、かつて宮沢賢治の心のなかにも住んでいたと言われると、すんなり納得してしまう。同じ岩手出身であることといい、やはり彼女は宮沢賢治の魂を受け継いでいる思う。

7月 31, 2011

虫色アート

マイケル・ミショーのアクセサリーといい、このたび虫のことを調べていて偶然知ったこのソフィー・ディガーのニットといい、自然の事物をモチーフに使っている作品にものすごく惹かれることが分かった。

ソフィー・ディガーさんは、パリにアトリエを構えるデザイナーで、主にかぎ針編みのスカーフやアクセサリーを作る人。マダガスカル島出身で、故郷の虫の色をテーマに糸を染めて編んでいるらしい。色とりどりの毛糸で編んだ虫色アート。なんて素晴らしい!!

ああ、いつか金持ちになったら(永遠に無理だろうけど)、こういうのひとつでいいから買いたいな~。そして家宝にする。

※以下の画像は鈴木梅花さんという虫好きさんの本から拝借したもの。
  (クリックすると拡大します)

『虫目で歩けば』 鈴木梅花 より

7月 24, 2011

違和感の正体

原子力発電には基本的に反対だし、もうこれ以上原子力に頼ったエネルギー政策はやめて欲しいと願っているので、そういう関係の情報に敏感になっている今日この頃なのだが、昨日聞きに行った講演会では、「脱原発&自然エネルギー推進」を唱える動きに、初めてある種の違和感を覚えた。直感的な違和感だったので、その原因をうまく言語化できないでいる。なんだろう...はっきりしないままだけど書いてみる。

昨日、京都の龍谷大学で行われた「脱原発と再生可能エネルギーin京都」という講演会を聞きに行ってきた。講演者は3人。そうそうたる顔ぶれだった。

・今あちこちで引っ張りだこの自然エネルギー研究家、飯田哲也さん
・かつては水俣病の、現在は原発の問題に取り組むジャーナリスト、アイリーン・スミスさん
・若狭湾の原発事故の想定被害を試算し、リスクの高さを訴える経済学者、朴勝俊さん

それぞれ聞き応えのある内容だった。450人収容可能の講堂がほとんど満員。市民の意識の高さがうかがわれる。そのほとんどが、反原発・脱原発派の人たちと見受けられた。が、中には原子力の未来を信じて頑張ってきた原子力の専門家も何人か来ていたようだ。

私が違和感を感じたのは、一人目の講演者、朴さんがしゃべった後の質疑応答のとき。

ずっと熱心に手をあげていた一人の年配の男性が、講演者と激しい口論になった。講演者が、原子力の専門家でもないくせに、もう原発の時代は終わったというような発言を繰り返していたのが気に入らなかったのだろう。その男性、とうとう終いには、「日本の未来のために必死で研究してきた人たちに対して失礼じゃないかっ!」と怒り出してしまった。講演者は「みなさん、この人の話をもっと聞きたいですか?それとも次の質問に移りたいですか?」と他の聴衆に問いかけ、みんなが送った盛大な拍手で、この男性の口を封じてしまった。私は手をたたかなかった。

私は、原発推進派の一般の人の主張や怒りを自分の耳で聞いたのは初めてだったし、おおやけの場での激しいやり取りを目の当たりにしたのも初めてだったので、正直ドキドキした。でも心のどこかで、怖いもの見たさというか、この年配の男性の主張をもっと聞いてみたいとも思った。この男性の発言がいかに時代遅れなものであったとしても、場違いなものであったとしても、日本のために必死で頑張ってきたという言葉に嘘はなさそうに思えたからだ。

その男性を講演者は、まるで狂人扱いした。私はその態度に違和感を覚えたのだ。あまりに可愛そうな扱われ方だったのだ。お国のためと、一筋に真面目に生きてきた一人の老人を、若い人がそんなに簡単に笑い飛ばしていいものだろうか?多くの人が、その男性の発言に対して失笑を飛ばした。その男性をあざ笑う当然の権利があるかのように。自分達が多数派だと知った上で声高に叫ぶ。少数派の意見を抹殺する。...集団というものの怖さを感じた。

多少すくわれたのは、次の講演者アイリーン・スミスさんが彼女の講演の最後に、この男性の存在を「素晴らしい」と言ってくれた時だった。「こういう集まりには、同じ意見の人ばかりが来たら意味がありません。必ず反対意見の人や、色んな意見を言う人がいなければディスカッションは成立しません。そういう意味で、さきほどの質疑応答は素晴らしかったと思います」と結んだ。さすがディベートの国アメリカの血が流れているだけのことはある、と感心するとともに、さっきの年配の男性の胸中を思って少しほっとした。

アイリーンさんのおかげか、その後の質疑応答では、みんなわりと自由に講演者に対する懐疑的な意見を述べ始めた。その中に、私がすごく共感した意見があった。それは、あの有名な飯田哲也さんに対してだった。

「私は淡路島から来た農業を営む者です。太陽光発電に関して、孫さん(注:ソフトバンク社長)が、東北の休耕田に太陽光パネルを設置する構想を打ち立てているそうですが、休耕田を死んだ土地と見なすその考え方に非常に違和感をおぼえます。休耕田の問題、農業の問題を深く考えることもなく、ただ農村を次の発電のために利用しようというのでは、自然エネルギーのために自然を壊すことにもなりかねないと思うのですが」

というものだった。この意見は多くの拍手を得た。私も大いに手をたたいた。これは本当に心配なことだと思う。自然エネルギーにシフトすべきというのは確かにそうだと思う。でも、それを唱える人たちが、相変わらず経済・金融一辺倒で、新しいエネルギーの経済効果しか考えていないことが、ものすごく気になるのだ。それだと、原発を導入したときと動機の面では何一つ変わっていないことになる。相変わらず、「西欧に追いつき追いこせ」式の考え方なのだ。

急に脚光を浴びつつある自然エネルギーとその研究者たち。彼らの顔に早くも「勝者のおごり」の色が見え始めているような気がした。いわゆる「原子力村」が「再生可能エネルギー村」に置きかわるだけでは意味がないと思う。

それよりも、こんなにも電気に頼りきってしまった日本の今の暮しを見直して、電気への依存度を少しでも下げるべく、新しい暮らし方を提言する人のほうに興味共感を覚える。

...というのを、電気を使いながらパソコンで書いている時点でダメだな。

ちなみに昨日の講演&ディスカッション、動画がアップされています。
 ※その年配の男性と朴さんの口論は、1時間を過ぎたあたり。
→ Ustream (途中、山本太郎さんも飛び入り参加)

7月 17, 2011

とらぬ狸の...

ずいぶん早く梅雨が明けてしまい、急ぎ足で夏がやってきた。日本はもうまるで亜熱帯。もはや温帯とは言えない国になってしまったのかもしれない。

留学のため、初めてインドに行ったときの暑さを思い出す。留学先に着いたばかりの真夏の日の午後、学校も店も全部閉まっていて、人っ子一人いない道を、開いている店を探して歩き回っていたのは馬鹿な外国人の私だけだった。真夏の午後はみんな家で昼寝をするということをまだ知らなかったのだ。その日、私は案の定、軽い熱中症になってしまった。

大阪の街を昼間歩いていると、あの時と同じか、それ以上の暑さを感じる。道が全部アスファルトな分、インドの村よりも大阪の街のほうが暑さが「攻撃的」な感じ。こうなると、日本でも亜熱帯用の本格的な暑さ対策が必要なのではないだろうか。

インドでは午睡のほか、色んな暑さ対策が講じられている。たとえば、すだれ。ベチバーという芳香のある萱(カヤ)の一種で分厚いすだれを編み、それを窓の外に吊るして定期的に水をかける。気化熱ですだれが冷え、そこを通ってくる風が涼しく、かぐわしい。あまりにひどい暑さのときは、人の身体にも水をかける。服の上から水をかけ、さらに扇風機にあたる。眠れない夜など、この方法を講じた上で、石の床の上に直接寝る。これで随分と涼しくなるのだ。

要するに、基本は「水をかける」という対策。これなら電気も要らないし、手軽にできる。日本人には「衣服を濡らす」という習慣は根付かないかもしれないけど、これも工夫次第かも?たとえば、ほんのり良い香りのする「衣服用フレッシュナー」みたいな感じで製品化して、これを霧吹きで衣服に吹き付けることにすれば、使うかも?インドの分厚いすだれも、何とかもう少し見栄えを良くすれば、日本で爆発的に売れるかもしれない。

などと、とらぬ狸の皮算用をしつつ、実際に自分が実践していることといえば、ベランダに打ち水をすることぐらい。もうちょっと色々工夫したいところ。衣服用フレッシュナーの試作品でも作ってみようかな~?

7月 10, 2011

小さき者たちの住みか

ちょっと家をあけて帰ってきてみれば、サナギが高熱を出していた。私が遊びまわっていたことと、サナギが風邪をひいたこと、関連性があるのかどうか分からないが、なんとなく自責の念がわくから不思議。罪滅ぼしに、せめて放置していた家事のうち最低限の掃除だけでも、とリビングの床拭きをしたらすっかり満足してしまった。

最近よく思うこと。「自分」って何だろう?(これを中2病というのか?) というのも、ヒトの体には何百兆個もの細菌が常駐しているらしいということを知ったからだ。体の表面にも、体の中にも、粘膜にも。一番多いのは、消化器官内に住む細菌類。ものすごく沢山の種類の細菌が互いに共生しつつ、自分達にとっての快適な環境を守りつづけているらしい。

つまり、それらの細菌にとっては、私たちの体は「住環境」に当たる。ヒトと細菌、どっちを主役と考えるかによって、「自分」というもののイメージがかなり変わるんじゃないかということ。「私」は、実はそういう小さな者たちの「住みか」なのではないだろうか。そう考えると、何となく不思議。

私たちの身体に住む小さき者たちは健気で働き者。外部からの摂取物の消化吸収を支えてくれる有り難い存在でもある。病原菌が入り込むと、それを追い出すべく戦ってくれたりもする。体の中に住むこの小さな者たちが健康でいてくれることが、ひいては自分自身の健康にもつながるのではないか。

ん?まてよ。そのときの「自分」って何だろう?そもそも、その細菌たちも「自分」の一部なのではないだろうか?

そう考えると、「自分」というものの輪郭があいまいになってきて、なんとなく楽しい。

この小さき者たちの声を聞き取れる人になりたいと切に思う。

と同時に、ヒトという地球の寄生体は、宿主の健康を守っているだろうか?と大いに疑問に思う。

7月 05, 2011

蝶の夢

さっき起きる前に見た夢があまりに美しかったので、忘れないうちに書き留めておこう。

私と母とサナギが、なぜか古民家に住んでいる。古くて大きな家。私が仕事から帰ってくると、なぜか母とサナギが家の外で洗濯をしている。たしか母(注:夢の中でも税理士)のお客さんが来ているはずなのにと思いつつ、なんか変だなと思っていると、ややこしいお客さんだったので、早く帰ってもらうためにわざと洗濯してるとのこと。私は納得して放置する。途中、家の中でそのお客さんに出会う。初老の無神経そうな男性。たしかにややこしそう。母が洗濯を始めたので、帰ろうとしているところだった。

私はそのまま屋根裏べやに上がり、倉庫のようなところに入った。すると、むかし子どもの頃に作った蝶の標本が見えた。よく見ると、蝶たちがまだ動いている!何十年もの間、生きていたのか!とびっくりする。見れば、あっちでもこっちでも蝶々が動いている。しまいに、元気な蝶から順に標本箱から抜け出して、部屋の中を飛び始めた。飛び始めたのは、私が一度も捕まえたことのないオオムラサキばかり。それも、図鑑で見るオオムラサキとちがって、薄い紫色のオオムラサキ。それはそれは美しい色だった。何匹も飛び出してきたので、私は天井裏の窓を開けてやった。すると、ラベンダー色のオオムラサキたちは、1匹また1匹と、空へ舞い上がっていった。

あまりに美しすぎて、目が覚めてからもうっとりしてしまった。

あのオオムラサキのラベンダー色には覚えがある。日曜日に行ったコンサートで、若いバイオリニストの女性が着ていたドレスの色だ。あまりに綺麗な色だったので、強く心に残ったに違いない。

私はよく色つきの夢を見る。特にこういう「うっとり系」の夢のときは色がついている。ちょっと精神的に危ないのかな?(笑)

7月 02, 2011

ピーナッツサラダ

最近はまっているものがある。それはピーナッツ・サラダ。毎年、暑くなってくると無性に食べたくなる。インド料理にも、タイ料理にも、ベトナム料理にも似たようなサラダがある。暑い国の夏バテ防止の知恵なのかもしれない。

決め手となる味はたぶん(誰にも確かめたことはないけど)、粉々に砕いたピーナッツ、にんにく、レモン汁、ナムプラー(魚醤)、塩、砂糖、酢、唐辛子、それにパクチー(香菜あるいはコリアンダー)。パクチーが無いときはセロリの葉っぱで代用する。以上をすり鉢にいっぱい作っておくと、どんな生野菜にかけても美味しい。これにオニオンスライスも加えるともう無敵。

料理は楽しい。そうだ、いつかお寺で食堂を開かせてもらって、そこの料理人にしてもらおうかな!

夢は尽きない。

出家願望 !?

絶望的なほど日本史にうとい私だが、いま何故か司馬遼太郎の『空海の風景』を読んでいる。ヨガのaccoちゃんに紹介してもらっって、何気なく読み始めたらこれがものすごく面白い。さすが司馬遼太郎。そして、さすがaccoちゃん。彼女は、まだ若いのに博識で、面白そうなことをいっぱい教えてくれる。性格はおっとりしてるけど、感覚がめちゃくちゃ鋭いのだ。むかし私が看護学校で教えていたときの学生さんだったのだが、今ではすっかり師弟関係が逆転。いつも色々教えてもらっている。

空海が、人の世の摂理を説く儒教の中国ではなく、宇宙の真理を追究する仏教のインドに目を向けた点、彼の出自(著者は、空海は渡来人ではなく日本土着民と仮定している)、彼の性力(=精力)の強さ、最澄への嫉妬などなど、共感できることが多い。それまでの禁欲的・厭世的な仏教に対して、空海は人間の欲望を力強く肯定し、それもまた宇宙の原理のひとつの表現であると説く。それまでの無彩色の仏教に対して、空海の仏教は極彩色。うーん、素晴らしい。

どうしてもなくすことが出来ないのなら、それがあることを前提にした人生を力強く歩んでいくしかない。人間の欲にしてもそうだし、もっというなら、大量に漏れ出してしまった放射性物質もまたそうかも。もうこの世界に完全に放射能フリーな場所も食べ物もないと分かったのなら、もうそれはそれとして、放射能を抱えたまま力強く生きていく心構えこそが必要なのかもしれないと最近は思う。これらふたつをひとからげにするなと言われそうだけど、まあ原爆も原発も、もともとは人間の欲望から生まれたものだし。(だからといって、このまま原発に頼って、大量生産・大量消費生活を続けていいとも思わない。)

最近、会う人ごとに、「私、サナギが独り立ちしたら、尼さんになりたい思ってるねん」と言いふらして回っている。この前のビッグイシューに「お寺を開く」という特集があり、お寺カフェやネット寺など、若いお坊さん達の面白い取り組みが紹介されていた。それを読んで安易に刺激を受けたというわけだ。立派な建物と広大な土地を所有する寺院を地域のために生かさない手はない。もし社会参加型のお寺がこれから増えていくのなら、そんなお寺の、まあ尼さんになるのは無理としても、何かお手伝いが出来たらいいなと夢見ている。それも、できれば空海の真言密教のお寺がいいな...なんて。

毎日せっせと色んな夢を抱いている。こんど高野山に行ってこようかな...