12月 31, 2015

次なるステージへ

今年もまた、あっという間に1年が過ぎて、気がつけば大晦日。明日はもう新年!

今年の大きな変化は何と言ってもサナギの変化だと思う。そろそろサナギも最終段階に来ているのだろうか、もう間もなく羽化しそうな予感がする。習い事、高校の部活に全力を注いだあと、きっぱりと引退して、それからは受験勉強の日々。孤独な作業に黙々と取り組んでいる。その潔さは、なかなか見事で頼もしい。

私はといえば、この1年、前半は何となく喪に服していたように思う。去年の年末に猫の絵描きさんの高原鉄男さんが急死したからだ。路上で野良猫を見るたび鉄男さんのことを思い出していた。

それから後半は、立て続けに面白い人に出会い、よく本を読んだ。千松信也さんの『ぼくは猟師になった』・『けもの道の歩き方』、それから、坂口恭平さんの『隅田川のエジソン』、そして年末になってから知った矢萩多聞さんの『偶然の装丁家』。いずれも型破りな生き方、考え方の実践の書だ。決して机上の空論などではなく、自分で実際にそういう風に生きてきたからこその文章。シンプルなことばで、深いことを語っている。

サナギにすすめられて読んだ和月伸宏の『るろうに剣心』、空知英秋の『銀魂』、司馬遼太郎の『燃えよ剣』も、なかなか良かった。少年漫画はほんとに面白い。

さて、来年は我が家は大きな変化を迎えることになる。何よりもまず、この住み慣れた神戸を離れる可能性が出てきた。遠くに行くわけじゃないし、いつでも帰ってこられる距離なのだけれど、それでも生活の拠点をほかに移すとなると、神戸に対して惜別の情がわいてくる。

40年近く慣れ親しんだ町。子どもを産み育てた町、どの一角にも何らかの思い出が付着している。毎日見てきた海、起伏に富んだ眺め、耳に優しい地元のことば、小さい時から慣れ親しんだ近所の人の顔、どれひとつとってみても、涙を誘わないものはない。いま、毎日を噛み締めるように暮らしている。どの光景も忘れまいと目の写真に収めている。

畑との別れも辛い。やり始めてほんの4年だけど、この4年のあいだ、週末ごとに会いに行った親友のような存在。静かに対話してきた相手と縁が切れるのかと思うと何ともいえず寂しい。相手は自分のことを思い出したりしてくれないだけに、余計に辛い。初めての野菜作りで、色々な実験や失敗を受け止めてくれた畑。イソヒヨドリの子育てを一緒に目撃した畑。宝石のような昆虫を私に見せてくれた畑。何より、家族の食の安全と充実をもたらしてくれたこの畑に、心から感謝。

もともと畑を始めたきっかけは、東日本大震災だった。原発事故で田畑を手放さざるをえなかった福島の農家の人たちの悔しさを身をもって分かりたい一心で、畑をやるとはどういうことなのか、土作りとはどういうことなのか、そこにどんな苦労と喜びがあるのだろうか、それを知りたくて始めた。いま、原因こそ違え、畑を離れるにあたって、それがどういう感じなのか想像してみようとしている。が、やっぱりまだよく分からない。

4月からは新しい生活が始まる。それに対する期待の方が今は大きい。

これをご覧下さっている皆様にとっても、来年が良い年になりますように。