6月 23, 2011

震災の陰で

関東・東北に大きな災害がおこり、大変な状況に追いやられている人が大勢いるなかで、ふと身の回りを見ると、以前からずっと困難な状況に置かれていた人たちが声を殺して耐えている。「東北の人たちはもっと大変なんだから、自分の悩みなんて訴えてる場合じゃない」と思うのだろう。

心身の調子を崩している人、ホームレスの人、姑さんの介護でボロボロになっている人... もしかすると、震災や原発事故にかくされて、苦しさを人に訴えられず独りで我慢している人が増えているかもしれない。そのひとり、近所のママ友(かつての公園仲間)が、さんざん苦しんだ末、先日ようやくお姑さんの一生を見届けた。苦しさを誰にも言えず、孤立無援の中でよく頑張ったと思う。

震災以来、どちらかというと人付き合いがあまり盛んでない人種の私が、なぜかやたら人と会っている。facebookで、懐かしい人たちと再会もしている。なぜか無性に人恋しい。これも震災のお「陰」かもしれない。

原発事故で突然避難させられ、家族の遺体も捜せない人がテレビのインタビューに答えて言ったことば、「電気なんかなくても、家族さえいれば...」 この言葉、いつまでも忘れないと思う。

小雨の降る中、甥っ子のお守りで京都市立動物園へ
鹿がいきなり水に顔をつっこんだのでびっくり!
どうやら藻を食べているらしい。

息継ぎのために時々顔を上げる。
口から藻が垂れていて笑ってしまった。

6月 13, 2011

方言

今回の大地震、大津波が起きて以来、毎日のように報道される「被災地からの実況」の中で、いつも感銘を受けるのは被災地の方々の方言の味わい深さ。こんなときに不謹慎だと言われるかもしれないが、地元にしっかりと根を張ったその言葉の力と美しさに感心してしまう。特に、小さな子がしっかりと地元の言葉をしゃべっていると、ああいいな、と思う。方言を話す地元の町長さんと、標準語を話す政府関係のお役人との対決も印象的だ。

先日観に行った映画、「ミツバチの羽音と地球の回転」の中でも、何が良かったかというと、祝島の人たちがしゃべる言葉がよかった。祝島といえば、私の母の育った広島の瀬戸内沿岸の地方からそう遠くない。そのせいか、島民のしゃべる言葉は、母方の祖母や親戚の話す広島弁によく似ていた。広島弁というのは、どれほど辛いことを語るときでも、どれほど理不尽なことを嘆くときでも、何となくどこかに明るさがある。柔らかい強さがある。それは、標準語ではどうやっても出せない味だと思う。

最近気になることがある。日本の数ある方言の中でも、特にしぶとく生き残っているといわれる関西弁だが、若い子の話すのを聞いていると、すっかり標準語化してきている。サナギの学校でも、周りはほとんど標準語。泥臭い神戸弁(播磨弁)を話すのはサナギだけなのだそうだ。公立の学校はもっとマシなようだが、私立の学校では圧倒的に標準語が話される。神戸の子が、神戸の学校に通っているのに、なんで?と思うが、これも時代の趨勢なのだろうか。

昔の野菜や果物は味にもっと個性があり、酸味も甘みも濃厚だったという話をよく聞く。野菜や果物の個性が薄くなってきているように、人の話すことばにも、訛りが徐々に減ってきているのだろうか。

消えつつある方言を、生で聞けるうちに聞いておきたい気がする。そのためだけの旅を、いつかしてみたい。

6月 11, 2011

持たないこと

土曜日の午前中。家でタマジとふたり、寝巻きのままのんびりできるこの時間は私の至福のとき。

サナギの中学は私立なので土曜日も授業がある。先週のこと、今日みたいに寝巻きのまんまでタマジと一緒にほげーっとしていると、学校帰りにサナギが公衆電話から電話してきて、「今から〇〇ちゃんと一緒に家に帰っていい?」と言ってきた。前にサナギが遊びに行かせてもらってるし、ダメとは言えないので、「いいで」と言うしかなかったが、その〇〇ちゃんの家は超お金持ちで、豪邸に住んでいる。広い庭にはバラが咲き乱れ、家の中も超豪華。うちの家とのあまりのギャップに、サナギも「あの子は絶対うちには呼ばれへん」と言っていたのに、いきなり呼ぶだと~!?

で、それから鬼の形相で片付け、その合間に必死で着替え。時間の余裕がなかったため、もうほとんどコントみたいなドタバタ劇。そして、そのお嬢様がやってきた。何とか粗相なく昼食を召し上がっていただき、さてお帰りになる段になって、お送りする車がないことに気づく。(いや、べつに忘れていたわけではないのだが。)サナギ達が大挙して彼女の家に行ったときはお父さんとお母さんで2台の車を出動させて、みんな家まで車で送り届けてもらったんだけど。うちには車がない。私は免許さえ持ってない。

で、お嬢様に、「ごめんねー、うち車ないから送っていかれへんねん。ほら、バス停がすぐ目の前やから、車いらんのよね。」 すると、お嬢様は、「あ、ぜんぜん大丈夫ですよ!すごく環境に優しい生活ですね!」と爽やかな笑顔。おお、さすがお嬢様、言うことが違う。「〇〇ちゃんの家は、バス停でいうとどこが近いの?」と私が聞くと、「バスで出かけたことがないから分からないけど、たぶん△△かな?」 ...なんと、バスで出かけたことがないとは!そして、庶民の足「山陽バス」に乗り、めずらしいからか、嬉々としてお帰りになった。

家をもたず、車もなく、父親もいないという子は、おそらくサナギの通う学校には極めて珍しいパターンだと思う。この先も、それらを持つことはないと思う。私はそれでいいけど、サナギはどう思っているんだろう。彼女が今の環境で、それをコンプレックスに感じなければいいが...

とか書きつつ、こうやってだらだらしていると、また今日も電話がかかってきたりして!

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話は変わって、また原発のこと(ひつこい)。無常感うんぬんの箇所はよく分からないけど、原発のことに関しては素晴らしいスピーチだと思う。恥ずかしながら、この人の作品は何ひとつ読んだことないけど。いつか何か読んでみようかなと思わせるスピーチ。

村上春樹、カタルーニャ国際賞2011 受賞スピーチ(全文)

6月 05, 2011

久々に

お知らせ: 4年間も放置していた私の別ブログ、「アーユルベーダの植物」を更新しました!

再び原発のこと

私は携帯電話ではネットにつながないようにしてるので、24時間のうちオンライン状態になるのは、早朝の1時間~1時間半だけ。その1時間が最近めっきり忙しくなった。

というのも、パソコンを立ち上げるとまず Google リーダーで友達のブログの更新をチェック。更新されてるブログがあれば、それらを読む。次に松井大輔情報をチェック(笑)。その次に mixi をチェックしてマイミクさんの日記が更新されていれば読む。それから facebook をチェック。そして最後に Twitter をチェックしようと思う頃には時間切れになり、フォローしているつぶやきを読む時間がなく、パソコンを終了してお弁当作りへ。

というわけで、最近は自分のブログを更新する時間がなかなか作り出せずにいる。ということで、ちょっと山椒の処理を中断して、書きたいと思っていたことを書いておこうと思う。また原発のことかとウンザリしている人は、ここから先はスルーしてくださいね。

このたび、小出裕章という人の書いた『放射能汚染の現実を超えて』の緊急復刊版を読んだ。小出裕章さんは、原子力の専門家でありながら、というよりも、だからこそ長年ずっと原発に異議を唱え続けてきた人で、今は京大の原子炉実験所の助教をやっている。その小出裕章さんの本が急に売れ始めたそうだ。これまではマイナーな出版社からしか出なかった彼の本が、今になってようやく続々と大手出版社から出ることになったのだ。とても読み応えのある内容だった。20年も前に書かれたにもかかわらず、今の日本にとって、あまりにも生々しい。

なにか利権がらみのことが背後にあって、どうにもならないまま危険を承知で原発事業が進められてきたのだろうということは素人でも容易に想像がつく。前に見に行った「ミツバチの羽音と地球の回転」(accoちゃん有難う!)の自主上映後の鎌仲ひとみさんのトークでも知ったことだが、原発事業の推進に少しでも反対するような思想を持っていると、政府関係、マスコミ関係から徹底的に排除されるのだそうだ。

この小出さんも、原発に反対したために研究者としての地位も予算ももらえず、60歳を過ぎても助手のまま。ご本人はそれを全く意に介さず、むしろ変に出世しない方が好きな研究がやりやすいと言っている。京大だからこそ大学に置いてくれているが、東大ならばクビになっていただろうとも言う。権力に抗いながら、自分の主張を曲げないでいることは大変なことだと思う。私はこういう人を心から尊敬する。そして、そういう人の本を出版してきた勇気ある出版社にも敬意を抱く。

どうしてこういう人がもっと早く表に出てこなかったんだろう。どうして原子力発電を日本に導入する前に、それを阻止できなかったんだろう。それは、これまで政治に無関心だった私たちみんなの責任でもあると思う。少なくとも私は無関心だった。それを反省しなければと思う。これからは、こんな重大なことを決めたり導入したりする時は、国民投票させてほしい。いや、汚染は国境を超えて広がるのだから、日本だけで決めてはいけないかもしれない。

いたたまれないのは、ちゃんと原発の危険を知っていて、あえて原発を避けてきた国々、原発を選択しなかった国々にまで、この放射能の汚染が容赦なく広がってしまうということ。電気など生まれてから一回も使ったことのないような国にまで迷惑をかけてしまうかもしれないこと。そもそも原発は最初から多くの現場労働者の被爆を前提としている。そんな方法で作られた電気で生活が快適になっても、何となく気持ちが落ち着かない。

小出さんによれば、世界で「先進国」と呼ばれるほんの数カ国(残念ながら日本を含む)だけで、地球上に存在するエネルギーの実に8割を消費しているのだそうだ。そしてそれでもまだ電気が足りないと言っている。電気はおろか、最低限の煮炊きすらできない国もあるというのに。この贅沢すぎる生活を何とかしないと、つつましく暮らしている人たちに対して申し訳ないし、恥ずかしい。

最近よく甥っ子の子守に行く。
彼を野放しにできる京都府立植物園は有難い場所。
福井の原発銀座で事故が起きたら、もうここでも遊べない。

6月 04, 2011

山椒が届いた!

鮮やかな緑色の実山椒

丹波篠山の知人から箱いっぱいの山椒の実が届いた。旬の木の実が何より好きな私にとって、こういうプレゼントはこの上なく嬉しい。

あの有名な「軸取り」という辛気臭い作業(実を軸からはずす作業。これが一番しんどい部分)も、心が落ち着くので結構好きなのだ。自然の産物に直接手で触れるということは、なぜかとても心の健康に良いような気がする。豆をむく作業は特に好き。

さて、どうやって食べようかなあ。とりあえずは、下処理して、冷凍するか、塩漬けにしておこう。

どなたかご入用の人があれば、連絡下さいね。おすそ分けしますよ!

5月 28, 2011

物言わぬ存在

ハリネズミはまだ職場の所長室に居る。(→「近況いろいろ」のときのハリネズミ) 朝、出勤してまずやることはハリネズミの世話。夜行性なので、朝にはもう寝ている。夜中にした糞尿を取り除き、水をかえ、床材を足しておく。いつも世話をしているのに、いっこうになついてくれない。もともと人になつかない動物なのかもしれない。それでも、毎日せわをしていると何となく可愛くなってくるから不思議。

夜の間に大暴れしたのか、
小屋がひっくり返っていて、
その上に所在なくうずくまっていた。

なつきはしなくても、せめて警戒は解いてもらおうと思い、世話のたびに小屋に手を近づけて匂ってもらうことにしている。私のことを匂いで覚えてもらおうと。その甲斐あってか、最近は私が手を近づけても針を立てなくなった。うれしい。それなりになついてくれているのかもしれない。

物言わぬ存在と仲良くなるのは難しいけど、それだけやりがいがある。根気よく関わろうと思う。

面白いのは、事務所で一番年配の仕事がばりばりできる女性が、このハリネズミと接するとき人が変わったように優しくなること。もともと汚れ仕事は一切しない人なのに、ある日曜日、自主的に世話までやっていた。この小さなハリネズミが、ひとりぼっちの残業や休日出勤のときの、彼女の心の友になっているのかもしれない。思わぬ展開に所員一同驚いている。

梅雨に入ったし、これから蒸し暑くなるので、ダニがわかないように昨日は床材を総替えしてやった。世話をすればするほど愛着がわく。ただそこに居るだけで何となくいい感じ。

物言わぬ存在といえば、ビッグイシューに連載中の「自閉症の僕が生きていく風景」というコラムが面白い。

東田直樹という人が書いている。会話のできない重度の自閉症をかかえつつ、筆談で執筆を続けている人だ。「物言わぬ者」が何を感じ、どう感じながら生きているのか、巧みな言葉でつづられていて、目からうろこが落ちるような感じがする。

その彼のことば。

「好き」という気持ちは、人間にとっての根本的な感情です。好きなものを守りたいと思う気持ち、好きなものと一緒にいたい思いなど、好きという感情自体は、効率や生産性とは関係ありません。

けれども、人は「好き」という感情をとても大切にしています。これは人としての価値を考える上でも重要なことだと思います。誰かが自分のことを好きだといってくれる、大切な存在だと思ってくれる、それが人の価値を高めるのではないでしょうか。

 すごく大切なことだと思う。

スズメも今、子育ての季節
ベランダに来ていたスズメの親子

すずめの親子のツーショット
ものすごく警戒心が強いため
ものすごく遠くから撮った。

5月 24, 2011

母親の野生

あちこちで子猫が生まれている。お初天神でも小さな子猫を見かけた。

今春の赤ちゃんが生まれて、再びお乳が出始めた母猫に、もう母親と同じぐらい大きくなった去年生まれの子猫たちが吸い付いていた。それを写真に収めようと近づいたら、母猫が敏感に私の動きを察知した。

猫のお母さんは、子供に乳を与えながらも決して警戒を解かない。私もそんな母親でいたいと思う。

子供の方だけ見ていたのでは子供は守れない。しっかりと世の中の動きを見て、いちはやく危険を察知したい。そのためにも、原発や政治のことに無関心ではいられない。

自分と同じぐらい大きな子供たちに授乳する母猫。
曽根崎のお初天神にて。

5月 23, 2011

未知の力

先週の日曜日、私の留守中にサナギがいきなり自分の部屋を片付けた。それも、かなり徹底的に。あまりにも見違えたその部屋に本人自身も驚いているのか、部屋に入るたびに毎回「きっれー!!」と叫んでいる。

今までどれだけ言っても全く片付けなかったのに、片付けた上に掃除機までかけていた。いったい何が起こったんだろう。何か未知の力が働いたとしか思えない。

そういえば、学校の学院際あたりからちょっと様子が変わってきていた。学院際での発表にむけて部活が盛んになり始め、本番を終えて、これを機に引退する先輩たちを送り出し、いよいよ新入部員を迎えるという段階になって、サナギの生活態度に変化が見られたのだ。

いつもむすっとして、あんまり学校のことを話してくれないサナギが、ある時こっちが引いてしまうぐらいの明るい声で、「もうすぐ中一ちゃんが入ってくるねんっ!」と嬉しそうに言っていた。自分に「後輩」ができるのが嬉しいらしい。

どうやら演劇部に憧れの先輩がいるらしい。自分もいつかそんな「先輩」になれるよう生活を見直している、と解釈できる...のかな?まあ何が起きているのかよく分からないが、とにかく先輩や友達の持つ影響力は、親の持つそれをはるかに凌ぐということが分かった。

なかなか青春している。

5月 22, 2011

ブタとおっちゃん

丸亀市役所の元職員さんが最初自費出版したのが話題となり、出版社から新装版となって世に出された写真集「ブタとおっちゃん」。すっかりとりこになってしまった。このおっちゃんのかっこよさ。日本にもまだこんなおっちゃんがいたのか。

おっちゃんは、何度も賞を取るほどの凄腕の養豚家。朝起きてから寝るまでずっとブタのそばで過ごす。昼寝するのもブタと一緒。新聞を読むときもブタにもたれて。ビールを飲むときもブタのそば。ブタを相手にギターを奏で、犬や猫、牛や馬、猿や鶏もブタと一緒に飼っている。おっちゃんに負けず劣らず、動物たちもみんないい顔をしている。

おっちゃんは、ブタの世話の一切を自分と奥さんの2人だけでこなす。お産の世話や、手術もやる。子豚をできるだけ長く母親のそばに置く。そのおかげか、子豚たちの顔が何ともいえず可愛い。ブタにストレスを感じさせないことが、肉質にも影響するのだそうだ。当然だと思う。

おっちゃんと子豚
食肉の大量生産のために、どんどん畜産業の機械化が進むなか、このような育て方は珍しいそうだ。

これが本当に日本?というような写真がたくさん載っている。

私のいたインドの村ではこれが普通だった。色んな生き物が人間とともに暮らしていた。

日本も、ほんのひと昔前まではそうだったはず。

お母さんの周りを駆け回る子豚たち

日本の町は、いつのまにこんなに都会化してしまったんだろう。本当に。あっという間に。

毎年何万匹もの野良猫や野良犬が人間によって殺処分され、町の「衛生」が保たれる。

野良猫の糞よりも、もっと危険なものを、いまこの瞬間にも、人間は空に海に垂れ流しているというのに。

子豚とおっちゃん。まるで孫みたい。

見ているうちに、なんだか泣きそうになった。

なんか迷子になったような気分。

このおっちゃんのような暮らしに憧れていながら、実際は正反対の生活を送っている情けない自分。

私もまた、「都会の人間」という傲慢な種族の一員なのだ。


この春オープンしたばかりの大阪の駅ビル。
エッシャーの「だまし絵」みたい。
なんとなく現実感に欠ける。

海と山と多くの動物に囲まれたおっちゃんの世界、そして私の通う人間と機械ばかりの大阪駅。同じ国なのに、そのあまりのギャップにくらくらと目眩がしそうになる。

ずいぶん感傷的な日記になってしまったと反省しつつ、せっかく書いたのでこのままアップ。

5月 08, 2011

またやられた&猫展

ようやく黄砂もおさまって、これぞ五月晴れというような良い天気。冬物を一気に洗濯した。

久々にサナギ語録。毎週月曜日は少年ジャンプの発売日。朝の電車でも帰りの電車でも、買ったばかりのジャンプを読むサラリーマンや学生が多い。その読み始めるときの動作、期待に満ちた雰囲気で表紙を開くときの動作が、何かに似ているといつも思っていた。何ともいえずうきうきしながら、何かを開けるあの感じ。

ずっと何だろう何だろうと考えていた。そういうつまらないことを何日もひきずってしまう。そして、夕飯後の洗い物をしているときに思いついた。そうだ!「昼休みにお弁当箱を開けるときの動作」だ!似てる似てる。そっくり。

と思って、さっそく少年ジャンプ愛読者のサナギにも、心理的にも似てるのかどうか確認する意味もこめて同意を求めてみた。「な、似てるやろ?」

するとサナギ、「うむ。」と一応同意したうえで、「...だが、決して落胆することはない。」と一言。

しばらく意味がわからなかった。けど、わかった。「なによ~っ!どういう意味よ~っ!」

もう弁当なんか作ってやらない。(うそ)

それにしても、なぜ最近サナギは時代劇みたいなしゃべり方をするんだろう...不可解。

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話は変わって、いま梅田阪神で猫展をやっている。大好きな高原鉄男さんの作品もある。ご本人も駐在中。

猫展

いっぱい居る可愛い猫ちゃんの中から
サナギが選んだ一匹。しぶい。
(文庫サイズのブックカバー)

サナギと母と3人で行ってきた。ちょうどその日は大阪駅ビルのオープンの日だったけど、そちらの方には近寄らず。あとからテレビで見たら、ものすごい人出だったそうだ。近寄らなくてよかった。

これで大阪駅は三越伊勢丹、阪急、大丸、阪神と、4つもの百貨店に囲まれることになった。私は、ことデパートに関しては阪神ファンだ。何となく古くて庶民的で安心する。


その前に行ったクレー展とあわせて、お気に入りの絵葉書が増えてきたので、安い写真フレームを何個か買ってきて、トイレの壁をギャラリーにすることにした。

(じぶんちのトイレを公開するのは気が引けるけど、見てもらいたい一心で)

こんな感じ。↓

題して「厠ギャラリー」
これから季節ごとに色々中身を変えていくつもり。

5月 05, 2011

重曹のすごさ!

重曹(炭酸水素ナトリウム)を掃除、洗い物、洗濯、消臭など生活のあらゆる場面に駆使する人を「ジュウソイスト」というらしい。自然派の女性を中心にじわじわと広がってきているそうだ。少し前のビッグイシューの特集で知った。たしかに、重曹はすごい。我が家では重曹はベーキングパウダー(ふくらし粉)としてしか使ったことがなかった。でも、その本当のパワーは洗浄や脱臭にあるようだ。

その威力を知ったのは、妹が里帰り出産で帰ってきていたとき。これを言うと誰もが笑うのだが、妹の母乳はなぜか魚臭かった。フレッシュな間はそうでもないが、それが衣服に付着して、ちょっと時間が経つと魚臭がした。しかもサバとかイワシのような青魚の匂い。だから、普通に洗濯しただけでは魚臭が消えなかった。でも、それを重曹を溶かした水につけ置きしてから洗濯すると、においが見事にとれたのだ。

それからしばらく重曹のことは忘れていたのだが、最近ビッグイシューを読んでまた思い出した。重曹を大量に買い込み、まずは台所で洗剤がわりに使ってみた。手始めに、揚げ物をしたあとの油をためておく油入れ。重曹を少量の水でしめらせてペースト状にしたものを塗りつけてしばらく置き、その後スポンジで洗うと、嘘みたいにつるっつるになった。油入れって、もともとはこんな色してたんだ!とびっくり。それほど以前はべとべとに汚れていたのだ。

そして、洗濯物。年頃の子は新陳代謝がさかんなのか、サナギのシャツ類はなんとなく皮脂くさいというか。そんな系統の匂いが取れないまま、どんどん蓄積していっていた。そういう匂いって、一度ついてしまうと取れないものだと思っていたが、いちかばちか試してみようと思い、濃い重曹水につけ置きしてみた。それから洗濯。すると、これも見事にとれた。この消臭効果はものすごい!

ということで、部屋の消臭にも重曹を使うことにした。重曹水に、好きなエッセンシャルオイルを数滴加え(私の場合はスパイク・ラベンダー)、部屋の中の布類にスプレーしまくる。タマジにも無害だし、安心してたっぷり振りかけられる。

なにより、海や河川に大量に流れていっても無害なのがいい。何とか今後も続けていきたいと思うけど、飽きっぽい私のこと、いつまで続けられるかなあ...

『重曹生活のススメ』(岩尾明子著)

5月 03, 2011

黄砂の日


珍しくサナギが私と一緒にどこかに行ってもいいというので、久々に奈良に行ってきた。たぶん学院祭で燃え尽きて、何もやる気がしないのだろう。そんなときしか付き合ってくれない。

今日は昨日にも増して、ものすごい黄砂だった。せっかく広々した奈良へ行くのに、視界がせまい。黄砂の中、駅前で借りた自転車を飛ばして平城宮跡、奈良公園、春日山原始林に行ってきた。

黄砂のせいか、景色は冴えなかった。写真も何となく暗い。レンズが黄砂で汚れていたのかもしれない。

平城宮跡に咲くタンポポは、旺盛をきわめるセイヨウタンポポではなく、
ぜんぶ「ニホンタンポポ」だった。さすが平城宮!

一面に咲いていた小花。名前は不明。
こういう花に出会うのが一番うれしい。
  




春日山原始林
こんな森が市街地のすぐ側にあるのがすごい。

春日山原始林
今にも歩き出しそうな木の根っこ

奈良公園の主役


演劇オンチ

5日1日はサナギの学校の学院祭だった。演劇部の年に一度の大舞台。セリフはないけど、サナギも一瞬(大道具みたいな感じで)出るらしい。「絶対観てよ!」と言われていたので、母、妹、甥っ子と一緒に雨模様の中、朝からいそいそと観に行った。

いい席が取れ、途中で騒ぎ出した甥っ子を妹に退場させてもらい、じっくり見れた。が、何しろ演劇というものに関して今まで全然関心を払ってこなかった私には、それが上手だったのか下手だったのか、困ったことにまったく分からない。情けない話だけど、面白かったのかどうかさえ分からない。感想の述べようがなく、ほとほと困り果てた。

どうしても虫や動植物の方に関心がいき、(人間学専攻にもかかわらず!)人間模様というものに対する関心が薄く、小説も読めない人間なのだ。このほど長編小説を読めたことは本当に奇蹟に近い。それに対して、サナギは長編小説(ライトノベルだけど)を軽々読み通す。明らかに私とは趣味が違う。

音楽ならば、自分の趣味からはずれていても、何らかの感想を言える。でも、演劇に関しては全然ダメだということがよく分かった。誰か演劇に詳しい人に手ほどきしてもらわないと。

でも、ひとつだけ感動したのは、「肉声のもつ力」。人間のナマの声。これの持つインパクトは凄かった。もちろんマイクなど使わなくとも講堂の奥深くまで届く声。美しい発音は、言葉のひとつひとつを心にまで届かせる。まあ、これが分かっただけでも収穫かも。

来年、再来年はサナギたちの学年が主役。それまでに、ちょっとは演劇に対するセンスを養いたいものだ。

5月 02, 2011

輝くオレンジ色

久々に長い小説を読んだ。『小さきものたちの神』(アルンダティ・ロイ)というインド人女性の書いた本。イギリスのブッカー賞を1997年に受賞。内容はあまりに重くて、読んだあとしばらく何もできなかった。

きっかけは、雨宮処凛の自伝、『生き地獄天国』(ちくま文庫)を読んだこと。これも壮絶だった。その雨宮処凛が今回の大地震の直前に対談した相手が、このインド人女性だった。

雨宮処凛という人は、ビッグイシューの中の「世界の当事者になる」という人気コラムの著者。とても気の利いた発言をするので、どんな人かと自伝を読んでみたら、とんでもなく苦しい半生が描かれていた。まだ年齢的には若いようだが、舐めた苦労は一生に値するかもしれない。その苦労と引き換えに、実のある言葉を獲得した人なのだと思う。

通勤時、飽くことなく電車の窓からの景色を楽しんでいる。木々の若葉と光の織りなす色つやが何ともいえずに美しい。重い内容の本を立て続けに読んだあとだったから余計にそう思ったのかもしれない。動物(人間も含めて)の苦悩に満ちた儚い一生に比べて、植物たちの何と力強く美しいことだろう。やっぱり私は人間のつむぐ言葉よりも、陽の光や植物の色・形による非言語的なメッセージに強く惹かれる。

この春の収穫は、ザクロの木の若葉の色が鮮やかなオレンジ色をしているということに気づいたこと。ザクロの木は夏、秋、冬と観察してきた。このたび春の新芽を確認して、ようやく一年を通したザクロの姿を知ったことになる。鮮やかなオレンジ色の花をつけるザクロ。その新芽もまたオレンジ色に輝くということが分かったとき、なぜか感動した。取るに足らないことかもしれないけど、私にとっては大切な発見。

4月 23, 2011

サーランギ・羊毛

最近このブログを個人的なアルバム代わりに使っているような気がする。とりあえず気に入った写真をアップしておけば、グーグルに保存されるだろうという魂胆。というわけで、今回もとりとめのない写真の羅列。

1000円のランチ
チャパティーの下にパーパル(豆のスパイシーな煎餅)、
スパイスの効いたパコラ(かき揚げ)が潜んでいる。
ごはんの上にあるのはアチャール(根菜の油漬け)。
野菜のカレー、豆スープ。全部おいしかった!

先日、ヨガのaccoちゃんに教えてもらったネパール料理、サーランギ(※弦楽器の名前)に行ってきた。美味しかった!元お坊さんのネパール人のご主人がひとつひとつ丁寧に作る料理。彼自身がベジタリアンなため、料理も菜食。私も安心して食べられる。

お店には、生まれたばかりの3ヶ月の赤ちゃんと、そのお兄ちゃん(3歳)がいて、日本人の奥さんが店舗の隣の座敷で赤ちゃんをあやしていた。ものすごく家庭的なお店。料理の味も家庭的。お気に入りのお店がまた増えた。
新神戸駅の近くに咲いていた、私の大好きな花
忘れな草に似てるけど、ちがうらしい。もっと小さい。
何の花だろう?

さて、話は変わる。今年もまた、サナギの学校の学院際用のバザー手作り品を作る時期がやってきた。材料費3千円以上(「以下」ではない!)で3品。すっかり忘れていた。どうしよう、今年は何を作ろう...と考えた結果、前から興味があった羊毛フェルトに挑戦することにした。今から暑くなるのに、羊毛細工なんて売れるかなあ...とも思ったけど、まあ売れなければ自分で買い戻せばいいし。

まずは羊毛を丸めて針でつつき、
フェルトボールを作る

これが、なかなか楽しい。まずは羊毛の原毛(着色済み)を買ってきて、それを丸めながら特殊な針(先にちいさな突起がいくつも付いている)でチクチク刺す。毛が次第にからまってきて、だんだんとフェルト状になってくる。刺せば刺すほど固くなる。

サディスティックな喜びというのか、あるいは毎朝ひどくからまった髪の毛(サナギの頭髪)をほぐす作業をやりすぎているため、その逆の作業でバランスが取れるからか、無心になれて楽しかった。客観的に見ると、かなり辛気臭い感じのする作業だけど。

フェルトボールのネックレス



達人になると、このやり方で動物やお菓子など、ありとあらゆるものを作るようだ。羊毛はカラフルだし、出来上がりは何となく優しい感じがするし。これも大いに気に入った。
これが原毛

4月 16, 2011

芽吹き

朝日に照らされるお初天神の楠・銀杏の新芽

神社に住むトラちゃん。まだ子ども

真正面を向いてくれた
いい天気でご機嫌さんだった


中之島図書館前の銀杏の新芽


4月 11, 2011

北播磨にて


播磨中央公園

ソメイヨシノではない桜を発見

ヤマツツジはまだ咲き始め

整列!

元気なたんぽぽ

ソメイヨシノではない桜 その2

タチツボスミレ


コブシ? モクレン? 枝の形が美しい!

夫婦杉


ちょっと変わった枝垂桜

花はこんな感じ

レンゲも咲いていた

4月 05, 2011

目にはさやかに見えねども

冬の寒い時期に、枇杷の木が花を咲かせていることを知っている人は少ないのではないだろうか。実は私も知らなかった。日高敏隆さんの本で知り、さっそく枇杷の木に近づいて確かめ、本当だ!と感動した。冬のさなか、遠目には分かりにくい、枯れ草のような茶色の花を咲かす。近づくと、ほんのりと芳香を放っていることに気づく。この地味な花が、初夏に美味しい黄金の実を結ぶなど、にわかに想像しにくい。

きっと被災地でも、本当の花や、人の花、遠くからは見ることのできない多くの花が咲いているに違いない。そして、いずれ立派な実を成らせるにちがいない。

甥っ子は目下、段差や階段に挑戦中

さて、後日談。無駄な電力使用に個人レベルで抗うため、エレベーターやエスカレーター、自動販売機などを使わないこと誓ったわけだが、なんのことはない、普段からあまり使っていなかったため特に何も不自由はない。ただ、エスカレーターは避けようがない場合がある。階段をなくしてしまって、すべてエスカレーターに変えてあるのだ。

よちよち歩きの子どもが、階段を上り下りできるようになったき、何ともいえず嬉しそう。でも、せっかく習得したその能力も、いずれエレベーターやエスカレーターによって無用のものと化するのだ。そうやって、人間はせっかく習得した能力を「便利」という言葉にだまされて、ひとつひとつ失っていくのかもしれない。それはいやだ。

家の前の桜は二分咲きぐらい

3月 28, 2011

脱原発

久々に、いかなごを炊いた。サッカー日本代表のチャリティーマッチ公開練習も見に行った。

でも、やっぱり被災地のこと、原発のことが気になって、昨日は一日中パソコンの前。原発のことを調べまくった。状況が落ち着いたと一瞬思ったのは間違いだった。全然おさまっていない様子。

原発のニュースに接するたびに、なぜか「風の谷のナウシカ」を思い出す。巨神兵(字、合ってるかな?)や、猛毒の海、汚染された大気... まるで生き物のように人間を脅かす不気味な原子炉という存在。このまま原子力に頼りつづければ、いずれ「ナウシカ」で描かれたような世界になってしまうのだろうか。

色々なことが芋づる式に気になった。まず思ったのが、原発から出る高濃度の放射性廃棄物は、このあとどうなるのだろうということ。どこに捨てる?というか、そもそも捨てられるのか?調べてみると、まだ捨て場所さえ決まっていないとのこと。放射性廃棄物の処理場が決まっているのは、世界でもフィンランドただ一国だけなのだそうだ。

次に知ったのが、中国電力による山口県の上関原発建設計画と、祝島の島民の反対運動。反対運動は多くの支持者を集めていて、「ミツバチの羽音と地球の回転」などの映画も製作されている。にもかかわらず、中国電力による建設計画は進んで行っているのだそうだ。もしそれが実現して、今回のような事故が起きれば、瀬戸内海は死んでしまう。

そして、青森の六ヶ所村の核燃料再処理工場の問題。ここが本格的に稼動し始めると、1日で原発1年分の放射能を空と海に放出するのだそうだ。実際、その放出量のデータを見てみて一瞬自分の目を疑った。いまニュースで報道されている放射能など全く比べものにならないぐらいの数字が並んでいる。それが40年間稼動するのだそうだ。当然のことながら猛烈な反対運動がある。「ミツバチ」と同じ監督による「六ヶ所村ラプソディー」という映画もある。そして、それらすべての反対運動にもかかわらず、ここも稼動を始めようとしている。

すでに起こってしまった原発事故はどうしようもないが、まだ間に合うもの、未然に食い止められるものは、今のうちに何とかできないものかと思う。

原子力は決して安全でクリーンな発電方法でないことは、今回の事故で私のような素人でも理解できた。核分裂が二酸化炭素を出さないというだけのことで、それ以外の運転や保守の過程では二酸化炭素を排出するし、原子炉を冷やし続けるために温水を海に垂れ流す。海の温度が上がり、それこそ温暖化の原因を作る。

発電量を増やすことばかり考えず、無駄な電力使用をやめることも必死で考えていかないといけないと思う。過剰な冷暖房だけでなく、エレベータやエスカレーター、自動ドアや自動販売機など、大都市には無駄な電力使用を削る余地はいくらでもある。

よし、今日からエスカレータやエレベーター、自動販売機などを使わない生活を始めてみよう。まずは自分で始めてみないと。

3月 21, 2011

「正当に怖がる」ために

原発の件もなんとか落ち着きそうでよかった。

ニュースを聞いていても、基本的な知識がないために、いまひとつピンとこないのがもどかしい。危ないと思われている放射線量が、たとえば原爆直後の広島と比べて一体どれぐらいの量なのだろう?

私の母は原爆投下後、もう10年は住めないと言われていた広島市内に、祖母と共に疎開先から1年以内に戻って住み始め、野菜なども普通に食べていたそうだ。それでも、母には目立った病気は見られないどころか、身体的には非常に健康なのだ。祖母も92歳まで健康に生きた。

何も分からないまま漠然と怖がるよりも、敵の姿を知ったほうがいいような気がする。分からないから怖いということもある。それで、さっき見つけたのがこのサイト。長崎大学の原爆後障害医療研究施設のQ&A。

けっこう素人にもわかりやすい。怖がりすぎるのでもなく、怖がりなさすぎるのでもなく、「正当に怖がる」(by寺田寅彦)ために、やっぱり基本的なことは知っておいたほうがいいのかもしれない。

3月 20, 2011

近況いろいろ

仕事が一段落したら書こうと思っていたことがいくつか保留になったままだった。

自分用の記録もかねて、ささーっとおぼえがき。

かねてから一度見てみたかったアンドラーシュ・シフのバッハ演奏をテレビでようやく見られたこと。昔は「バッハの鍵盤曲はやっぱりチェンバロに限る」と思い込んでいたのが、シフのピアノ演奏を聞いてから、ピアノでのバッハに目覚めた。シフのピアノなら、バッハの演奏はピアノのほうがいい。そして、彼が実際に演奏するところを見て、やっぱり!と思ったことがふたつ。ひとつは、すべて暗譜で弾いていること。そして、ペダルを一切使わないこと。私がテレビで見たのは、フランス組曲・イタリア協奏曲などだったのだが、2月の来日公演の際の平均律クラビーア曲集第2巻の全曲演奏も、やはりすべて暗譜だったそうだ。シフの演奏については、また改めて書きたいと思う。

『インド通信』という小さな月刊誌に小文を寄稿したこと。この『インド通信』はすごい。ボランティアの女性数人だけで、もう何十年も発行し、全国の会員に送付し続けている小冊子で、インド・南アジアについてのありとあらゆる情報が詰まっている。約20年前、インド留学に際して一番お世話になった情報源がこれだった。このたび定期購読を再開しようと思い、その申し込みをしたとたん寄稿の依頼!この上なく光栄なことなので、忙しい時期だったけど喜んで引き受けた。恥ずかしいほど幼稚な文章だけど、なんとか仕上がった。でも、この地震で次回の発行は難しいんじゃないだろうか...

そして、待ちにまった「パウル・クレー展」!いま京都国立近代美術館に来ている。しかも、今回はクレーの絵の製作過程に注目した展覧会。かねてから、クレーの絵の作り方に興味があった。たとえば、「黄色い鳥のいる風景」。この絵はたぶん描いてから半分に切って左右逆に置き、その後にこれらの黄色い鳥を配置したのだろうと思っていた。ほかにも、製作過程をつい想像してしまうような、謎かけ的な絵がたくさんある。その答え合わせのようなことが、今回の展覧会でできるかもしれない。すごく楽しみ。

関東が大変なことになっているあいだ、元気な関西がせいぜい経済を回しつづけないといけないという意見もある。元気に動き回ろうと思う。義捐金の寄付もマメにする。小額だけど。

やれること

いつのまにか明日はもう春分の日。たしかに最近みるみるうちに日が長くなった。朝は早く明けるし、日はなかなか暮れない。空気には沈丁花の上品な香りが漂い、家々の庭にはモクレンやサンシュユの花が咲き、大阪裁判所のいつものボケの花も満開。春が来た。

今日、被災地に物資を送る便があるという知らせが来たので、昨日なにがいいかなあと物色しながら商店街を徘徊してみたけど、結局何がいいかわからず、お金にすることにした。個人が送れる物資の量なんて知れている。たとえば、私が考えついた一番の候補の「フルーツグラノーラ」。煮炊きの要らない主食っぽいものとして、いいんじゃないかと思った。

けど、私が送れる(そしてサナギに集積場所までバスと徒歩で持っていってもらえる)量なんて、せいぜい1000円のが5袋が限度。そういう少量の物資援助が来ても処理に困るだけという話も聞くし、フルグラは高齢者の口には合わないかもしれないし...とか悩んだあげく、まあやっぱりお金の方が軽くて用途も限定されてなくていいのかな、という結論に。

いつも買い物する「コープこうべ」は照明を落として営業している。冷凍や冷蔵のコーナーはかなり暗くしてある。でも、普段からこれで十分なのでは?と思う。暖房も冷房も、もっと控えていいと思う。

そして、三陸の海をふるさとに持つ中さんがせっせとふるさとの産物を買っているのに倣って、私もなるべく東北のものを買おうと思う。今は入荷はないけれど、乾物や缶詰ならまだあるだろうし。石巻水産の「金華さば」はサナギの大好物だし。うちのワカメはずっと前から三陸産。出汁昆布もそう。思えば多くの海産物を三陸の海に頼っている。東北の漁業が復活するのを心から待ち望む。

とにかく、やれることをコツコツやっていく以外にない。

3月 18, 2011

思いつくまま

ずっと朝から晩まで、どうしたらいいんだろう...と、そればかり考えている。こんな離れたところで、ひとりの無名のおばちゃんが何か思いついたところで、どうしようもないとは分かっていても、考えてしまう。

物資はあるのに届けられない。ガソリンがないから。病人を運べない。これもガソリンがないから。ガソリンがないと何もできない。そんなときどうしたらいいんだろう?昨日ふと思ったのは、車のない昔はどうやって大量の物資を運んでいたんだろう?ということ。で、思ったのは馬車。馬車は使えないんだろうか?馬は寒さに強いし、けっこう何でも食べるし。東北は日本古来の馬の産地だし。と、素人が考えるようにはいかないんだろうな、きっと。それならそれで、普段からよく訓練された馬車馬を用意しておく必要があるんだろうし。

あと、今回に限らず、普段から気になっていたこと。都会のビルのトイレというトイレの便座が夜中もずっと温められていること。あれは絶対に無駄だと思う。今は洋式トイレが主流なので、それが全部24時間つけっばなしになっていると思うと気が遠くなる。あれを消すだけでも大分電気が助かると思う。

それにしても、被災地の映像を見ていると、若い人がどんどん活躍している。避難所では中学生や高校生が率先して動き、現場を明るくしているようだ。子どもというものは、試練があたえられれば、それ相応の力が出てくるものなのかもしれない。高齢者にとっては、それが本当に希望の光となっているように思える。

ああ、今の私の頭の中そのまんまの、恐ろしくとりとめのない日記になってしまった。

3月 17, 2011

どうしたら...

地震と津波が東北地方を襲ったのは、確定申告の仕事が一番の大詰めを迎えた頃だった。何とか仕事を片付けながらも、心は東北に飛びっぱなし。そして、仕事が一段落した今も、ずっとニュースにかじりつき。気が滅入るから見ないという人もいるけど、私は何が起きているのか知りたいからずっと見ている。報道されるのはほんの一部で、現地にはもっと別な現実があるのかもしれないとも思いつつ。

みんな義捐金やチャリティーイベントを始めている。ヨガのaccoちゃんはチャリティーヨガをやるし、ピサンキの飯野夏実さんはチャリティーショップ、在日韓国人のMさんも自分のお店で義捐金を集める。みんな売り上げを全て寄付するという。若い人たちの行動の早さはすごい。そして国籍も関係ない。

東北の人の実直さ、がまん強さ、力強さが今、フルに発揮されている。乏しい知識で申し訳ないが、宮沢賢治を生んだくに。マタギのくに。奇跡のリンゴを生んだくに。森のイスキアを生んだくに。何年かかっても、ぜったい乗り越えて行かれることと思う。大切なのは、今だけでなく、この先何年も何十年もずっと東北の人たちに心を寄せて、復興を見守っていくことだと思う。

物はいつか再建される。でも家族を一瞬にして失った心の傷は、薄まるのになん世代もかかるかもしれない。原爆もそうだ。だから、私たちはこの災害のことをのちの世代にもずっと語りついでいかないと。

とりあえず、今は自分に何ができるのか、じっと考えるしかない。

季節はゆっくりと確実に春に向かって動いている。東北地方にも必ず春が訪れると信じて、ずっと心を寄せ続けてようと思う。

2月 26, 2011

お知らせ

コメントをしていただいても、すぐに表示されなかったり、コメントの数が実際のコメント数より多く表示されていたりと、コメント機能が少しへんになっているようです。

原因は不明なのですが、いずれ解決されると思いますので、どうか皆さんこれに懲りず、コメント下さいね!

それにしても、いったい何故なんだろう...?

2月 20, 2011

こつこつと

京都に松田道雄という小児科の医者がいた。ロングセラー『育児の百科』(岩波書店)の著者だ。わが家の子育てバイブルのような本で、親子代々参考にしてきた。

その松田道雄の晩年のエッセーの中の一節が妙に心に響いた。

「高官でもなく、タレントでもなく、富豪でもない人間であっても、毎日の仕事を翌日にのばさぬようにやっていれば、それはそれでなにものかでありうる。70有余年に近づきになった人たちからの年賀状をながめていると、そんな気になる。」

朝起きて、お弁当を作って、仕事に行って帰ってくるだけの毎日を過ごしていると、ついこんな毎日でいいのだろうかと思ってしまうけど、こういう言葉に出会うと、ああやっぱりこれでいいのかもしれないと思う。なんと単純な。

でも、まあ確かにその通り。縦糸に横糸を通して、トントンと間を詰める。この平凡な作業をただひたすら繰り返すだけで、おしまいには見事な布が織り上がるのだ。毎日こつこつと。これでいい。

路上のうた(つづき)

なぜ私が路上生活者に興味をもつかというと、たぶん私の父にその素質があったからだと思う。母という人がいなければ、父はホームレスになっていたかもしれないと。私もそう思うし、父を知る多くの人がそう思っていたにちがいない。でも、結果的にそうならなったことが、父にとって本当に良かったのかどうか、今となってはよくわからない。

路上生活という想像を絶する孤独の中にあって、犬や猫、その他の動物の果たす役割は大きい。季節の移り変わりなど、自然の風物もそう。故郷を想う気持ちも、ひときわ強いだろう。ホームレス川柳には、そういう心のありようが素朴なことばで歌い込まれていて、味わい深い。こういう川柳で、ホームレス同士が交流できないのだろうかと、ふと考えた。

ふと思いついたその考えをサナギに言ってみた。「この本を、無料でホームレスの人らに配ったらええと思わん?すごい共感できると思し、共感することで辛さも和らぐんちゃうやろか?」

サナギは手厳しい。「そんなん喜ぶわけないやん。こんな本読んで喜ぶのは、かーちゃんみたいに、自分は安全なところに身を置いて、悲惨な生活を上から眺めて優越感にひたるような人だけやで。」

思春期の女の子の言葉は、ときどき鋭いナイフのように心に突き刺さる。そのナイフがまだ突き刺さったまま、もやもやした思いが続いている。

でも、そういうサナギも、この本を学校に持って行って、「この歌、なかなか深いよな~」なんて言いながら、しっかりみんなで楽しんだのだ。...よくわからん。

2月 18, 2011

路上のうた

春のあしおとが...と書いたとたん、連日の雪。めずらしく神戸でも積もった。雪に慣れてない神戸人はもう大はしゃぎ!雪に悩む地域の人にはちょっと不謹慎と思われるほど、みんな気分が高揚していた。

でも、この突然の寒のもどり、辛い思いをした人も多かっただろう。

『ホームレス川柳 路上のうた』(ビッグイシュー日本編集部発行)を買った。

その中から、気に入ったものをいくつか。
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<春のうた>

散る花に 寝床取られる 春の宵  (髭)

春来ても 心の氷(すが)は 融けにくい  (髭)

<夏のうた>

食べ物の 賞味期限は 舌に聞け  (髭)

盆が来る 俺は実家で 仏様  (藤)

<秋のうた>

名月を あおぐ寝床に 蚊がいない  (髭)

<冬のうた>

寒いけど 大地に抱かれ 眠りつく  (藤)

野良猫と 同じ寝床で 暖をとる  (藤)

元旦に 鳩と眺める 初日の出  (草)

陽だまりは ホームレスにも 暖かい  (髭)

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季節をうたったもの、動物をうたったものなどは、やはり野外生活ならではだと思う。夏の間中、やぶ蚊と戦いつづけて、秋に蚊がいなくなったときの喜びをうたった歌は傑作。その生活をした人にしか詠めないうたが沢山載っていて、これまた不謹慎かもしれないけど、すごく面白い。4人の人がうたを載せているのだが、中でも特に、「髭」さんのうたがいい。

住むところも、家族も、身分も、もしかすると名前さえ無くしてしまっても、こういう歌が詠めるということは、きっと何もかも無くしてしまったわけじゃないのかもしれない。付属的なものがどんどん削ぎ落とされていき、人間の「核」のようなものだけで生きているのかもしれない。

わからないけど。

2月 10, 2011

春のあしおと

あちこちで梅のつぼみが色づいてきた。
もう咲き始めているのもある。
沈丁花も、どんどんつぼみがふくらんでいる。

梅や沈丁花の香るころ、このあたりでは
イカナゴの釘煮の匂いが花の香りと競い合う。

なんとなく、心がざわつく季節。


2月 02, 2011

近況いろいろ

気がついたら、いつのまにか2月。

仕事が繁忙期に入っている。年末調整、そしてそろそろ始まる確定申告。

と書くと、いかにも仕事で忙しそうに聞こえるが、実はこの1ヶ月ほどサッカーのアジアカップに夢中になっていた。去年のワールドカップ以来すっかりサッカーづいたという人は私だけではないようで、尊敬する中村桂子さんもそうだと知って妙に安心した。いや~、本当に面白かった!

チームで仕事をするということについて色々と共通することも多く、このザッケローニ監督と日本代表にはこれからも注目していくと思う。

いま職場は一人少ない状態で戦っている。一番ベテランの女性が癌で闘病中なのだ。その分をみんなでカバーしないといけないので大変な分、自分が成長するチャンスでもある。がんばろ。

加えて、所長の奥さん(20年前、私の義妹になるはずだった人)が突然、自己免疫系の難病を発症して入院。その影響で、なんと今、所長室にハリネズミが居る!

奥さんの一時帰宅の際に、感染症への心配から、ペットは置いておけないそうだ。それで職場に登場したハリネズミの「くるりん」。ハリネズミという名前だが、本当はネズミの仲間ではなく、モグラに近いそう。昼間はずーっと寝ている。餌はフェレット用のドライフード。朝出勤したら、まずくるりんの世話。楽しい(笑)。

ずっと寝てるだけの存在でも、人間以外の生き物が職場に居るというだけで、何となくほっとする。特にこれからの時期、忙しさで余裕がなくなっているときに、すやすや眠るハリネズミくんを所長室に見に行くことが増えそう... 小さいけれど、大きな存在。

1月 10, 2011

難しい年頃?

サナギは写真を撮られるのが嫌いらしい。せっかくの誕生日なのに記念写真はなし。私もどちらかというと、写真にうつるのは苦手なので、お正月も、ちゃんとした人物写真は一枚もなし。それにしても、サナギの写真があまりにも少なすぎる気がする。アルバムを見たら、タマジばっかり...

近所の小さな小さな神社

近くの神社にお参りに行った。そのときも、サナギは家でひとり留守番。もうあまり家族と行動を共にしない。なんでこんなに独りで突っ張ってるんだろうと、ちょっと心配になる。

来年の干支の辰
 

サナギの寝起きの髪の毛、
神社の龍に似てる...
(これが唯一のサナギの誕生日写真)
 
元日の朝日を浴びるタマジ

タマジは、いつでも素直に撮らせてくれるので、ついついタマジが被写体に。サナギの場合は、カメラに向かってにっこり微笑むなんてまず有り得ない。レンズを向けるだけで露骨に嫌がる。写真を撮るには、不意打ちで呼んで撮るか(あとでめちゃめちゃ怒られる)、彼女が何か動物(馬とかタマジとか)と一緒に居るときに、私がその動物を撮るふりをして、そこにこっそりサナギを入れてしまう、といった隠し撮り的なやり方しかない。自分の子を撮るのに、なんで隠し撮りせなあかんの!と思いつつ(笑)

家族に対して付き合い悪いし、写真は撮らせてくれないし、漫画やパソコンに向かってばっかりで勉強は全然しないし、笑顔も見せてくれないし、ろくに口もきいてくれないし...

中学生ってこんなもんなのか?? なんかすごく心配。

1月 05, 2011

仕事始め

年末年始、思いきり怠惰に過ごし、しばし幸せ気分を味わったが、2日にサナギが帰ってきて、妹一家がやってくるというので、元旦から急に大掃除とおせち作りに精を出していた。急に人口密度が高まって、てんやわんやの冬休み後半。どっと疲れた。

けど、やっぱりお正月は人数が多い方が楽しい。

それももう終わり。今日から仕事。普通の生活に戻る...はず。


蝋梅(ロウバイ)

近くの神社に初詣に行ったとき、ロウバイの花が五部咲きで、冷たい空気に素晴らしい芳香を放っていた。少しもらって帰ったら、雑然としたわが家の空気を、凛とした香りで引き締めてくれた。

この蝋梅という花、もしかすると全ての花の中で一番好きかも。と、この季節になるといつも思う。

1月 01, 2011

新年

あけましておめでとうございます



去年はサナギが中学に上がり、時間的に余裕ができたにもかかわらず、特に何をするともなく過ぎていった。今年はひとつ、自分の将来を見据えて、その方向づけとなるような活動を始めたいと思う。具体的にはまだ見えていないけど、これまでもそうだったように、絶えず求めていると、そういうものは何か突然向こうからやってきてくれると思う。それを見逃さないようにしっかりアンテナを立てていよう。

京都加茂川のユリカモメ

去年はけっこう本を読んだ。エンデの『モモ』に始まり、数学者の藤原正彦、あさのあつこ。あさのあつこには随分はまった。そして、年末に集中的に読んだ岸恵子のエッセイ。

女優の書いたものを読むなんて、私にしては珍しいことなのだが、ふと出会った岸恵子の作品は、なぜか自分にしっくりとなじみ、意外にも意気投合してしまった。実は、この人の映画やドラマは見たことがない。でも、文章を読むかぎり、ものすごく頭の切れる人だと思う。何でも、若い頃は作家志望だったとか。

色々と共感できることがある。港町出身者特有の冒険心や好奇心。まずとにかく動き出して、あとから考えるという性格。外国というものへの抵抗のなさ。外国人との結婚、離婚。その離婚のときよりも、のちに彼に死なれたときの方がよっぽど辛かったこと。ユダヤやイスラムといった、世界のややこしい問題へのストレートな関心。

でも、何より私が共感を覚えたのは、彼女が常に抱いている独特の孤独感。彼女はそれを「アンコミュニカビリティ」(=incommunicability)と呼んでいるが、それは決して悲壮な感じの孤独ではない。むしろ反対にある種の温かさへとつながるものだと思う。人と人との意志の通じなさ。女手ひとつで大切に育ててきた娘とさえ、心の奥底は共有できない。本当はみんなひとりぼっち。そういうことを承知した上で、人と交わり、楽しみながら生きていくことの味わい深さ。人間のほんとうの姿を勇敢に、しっかり覚悟している人なのだ。孤独を味方につけた人は強い。

賀茂川の白鷺・アオサギ・ユリカモメ・鴨

やはり戦後の貧しさ、悲惨さを経験した人は強いと思う。かといって、ああいう悲惨さを無理やり経験することもできない。芯のしっかりした人間が育ちにくい社会だと思う。でも、いつどんな状況になっても生きていく覚悟だけは今の人にもできると思う。

草木にしろ、鳥にしろ、動物にしろ、独力で生きている野性の生き物の美しさといったらない。生きている間に、自分も、少しでもそれに近づけたらと思う。

何かちょっと力んだ念頭の挨拶になってしまいましたが、それは、自分のこの怠惰な年始のありさまの反動で...(笑)本当に気持ちが引き締まった人は、こんなこと、わざわざ言葉にしないんだろうなと思いつつ...

何はともあれ、今年もよろしくお願いします。