3月 28, 2011

脱原発

久々に、いかなごを炊いた。サッカー日本代表のチャリティーマッチ公開練習も見に行った。

でも、やっぱり被災地のこと、原発のことが気になって、昨日は一日中パソコンの前。原発のことを調べまくった。状況が落ち着いたと一瞬思ったのは間違いだった。全然おさまっていない様子。

原発のニュースに接するたびに、なぜか「風の谷のナウシカ」を思い出す。巨神兵(字、合ってるかな?)や、猛毒の海、汚染された大気... まるで生き物のように人間を脅かす不気味な原子炉という存在。このまま原子力に頼りつづければ、いずれ「ナウシカ」で描かれたような世界になってしまうのだろうか。

色々なことが芋づる式に気になった。まず思ったのが、原発から出る高濃度の放射性廃棄物は、このあとどうなるのだろうということ。どこに捨てる?というか、そもそも捨てられるのか?調べてみると、まだ捨て場所さえ決まっていないとのこと。放射性廃棄物の処理場が決まっているのは、世界でもフィンランドただ一国だけなのだそうだ。

次に知ったのが、中国電力による山口県の上関原発建設計画と、祝島の島民の反対運動。反対運動は多くの支持者を集めていて、「ミツバチの羽音と地球の回転」などの映画も製作されている。にもかかわらず、中国電力による建設計画は進んで行っているのだそうだ。もしそれが実現して、今回のような事故が起きれば、瀬戸内海は死んでしまう。

そして、青森の六ヶ所村の核燃料再処理工場の問題。ここが本格的に稼動し始めると、1日で原発1年分の放射能を空と海に放出するのだそうだ。実際、その放出量のデータを見てみて一瞬自分の目を疑った。いまニュースで報道されている放射能など全く比べものにならないぐらいの数字が並んでいる。それが40年間稼動するのだそうだ。当然のことながら猛烈な反対運動がある。「ミツバチ」と同じ監督による「六ヶ所村ラプソディー」という映画もある。そして、それらすべての反対運動にもかかわらず、ここも稼動を始めようとしている。

すでに起こってしまった原発事故はどうしようもないが、まだ間に合うもの、未然に食い止められるものは、今のうちに何とかできないものかと思う。

原子力は決して安全でクリーンな発電方法でないことは、今回の事故で私のような素人でも理解できた。核分裂が二酸化炭素を出さないというだけのことで、それ以外の運転や保守の過程では二酸化炭素を排出するし、原子炉を冷やし続けるために温水を海に垂れ流す。海の温度が上がり、それこそ温暖化の原因を作る。

発電量を増やすことばかり考えず、無駄な電力使用をやめることも必死で考えていかないといけないと思う。過剰な冷暖房だけでなく、エレベータやエスカレーター、自動ドアや自動販売機など、大都市には無駄な電力使用を削る余地はいくらでもある。

よし、今日からエスカレータやエレベーター、自動販売機などを使わない生活を始めてみよう。まずは自分で始めてみないと。

2 件のコメント:

  1.  原発の是非は別として、いまこの時も命の危険を冒して復旧に当っておられる方々に感謝です。

    まず自分ができることを即実行、という白蝶さんの行動力に頭が下がります。

     日本の電力の3~4割を担う原発を火力や他で補うのではなく、使用量を3、4割減らすという考え方に私は賛成です。

     その分、不自由な生活に耐える覚悟が必要ですが・・・。
     いまの文明のあり方の軌道修正が必要な時期に来ていると思います。

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  2. 私のできることなんて知れてるし、そもそも個人がいくら節電したところで、使用量が格段に減るということはないのでしょうけどね。

    ほんと、まさに国をあげての軌道修正のときだと思います。そうせざるをえない状況ですもんね。

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