7月 25, 2010

にわかファン

梅雨が明けたと思ったら、容赦のないこの暑さ。毎日、スイカと胡瓜ばかり食べている。胡瓜はやっぱり「もろきゅう」(胡瓜に故郷の名物、播磨のもろみをつけたもの)が最高だ。それにしても、電車の強烈な冷房と、灼熱の大阪のビル街!おそらく温度差は15度以上。その間を行き来する毎日なので、バテないように気をつけないと。

長いあいだ日記を投稿せずに何をしていたかというと、サッカーのにわかファンになって、ワールドカップを見ていた。楽しかった!スポーツ全般、めったに観ないのに、今回はなぜかNHKの前宣伝にまんまとのせられて、のめり込んでしまった。色んな国の色んな選手の名前、ルックス、戦い方...本当に面白かった。いつかまた京都のマンガミュージアムに行ったら、『キャプテン翼』を読んでみようと思う。このマンガ、日本だけでなく、世界中のサッカー選手たちに影響を与えているらしい。そんなすごいマンガだったとは!

そしてもうひとつ、にわかファンとしてはまっているのが、あさのあつこ。『バッテリー』で一躍有名になった作家なのだが、それではなく、『No.6』というのを読んでいる。サナギにすすめられたのだ。サナギは小学校のとき、友達にすすめられて読んだらしい。

これも面白い!文章がとても上手で、するする読めてしまう。そして内容も展開も魅力的。へえー、子供たちはこんなものを読んでいたのか、という軽い驚きと安心。

でも、ひとつ気がついたことがある。それは、いま流行りの(?)、いわゆる "BL"(※ボーイズラブと読むらしい) なるものだ。この物語にもそういう匂いが感じられる。 異性間の恋愛とはまたべつの、男の子どうしの恋愛。そして、それ(BL)を愛でる女の子たち。これ、聞いただけでは、かなり不可解な世界だったのが、実際にそういう傾向のものを含んだ物語を読んでみると、ちょっぴり納得できる気がしてきた。男女の恋愛にはない、ある種の美しさのようなもの。そして現実にはありえないほどの美少年。でも、なぜそれが今こんなに流行っているのか、よくわからない。

現実に、線の細い、女性美を湛えたような男の子が増えていることと、このBL流行の間には、何か深い関係があるのだろうと思う。今の日本の若い世代で、男女関係の何かが変化しているように思う。どういう変化なのか、もうちょっと知りたい。何か新しい時代が展開しつつあるのかもしれない。あるいは、べつに新しいことでもなんでもないのかもしれない。とにかく不可解で興味深い。

サナギは、こういう世界にやたらと詳しい。そして、サナギの入った女子校には、そういうオタクっぽい子(※仲間うちでは「ヲタ」と呼ぶそうだ)が予想外に多いらしい。世間から「お嬢様学校」などといわれ、サナギのような少年漫画ファンの子は話し相手がいないんじゃないかと周りにさんざん心配されたが、なんのなんの、小学校のときよりも、はるかに話の合う相手が多いらしい。しかも、みんな半端じゃなく詳しいとのこと。女子校の意外な実態!ま、演劇部に限ってのことかもしれないが。とにかく、よかった。 ...のかな?

7月 21, 2010

梅雨明け

今年の雨は激しかった。ようやく一段落。すぐにセミが鳴き始めた。ずっと待っていたのかも。

そして、サナギは夏休み。でも数学のテストが悪かったので、これから1週間、毎日補習。ざまあ見ろ!とほくそ笑む私。

傘が干してあると、必ずその中にタマジが。でも、それももう終わり。かな?
7月7日で4歳になりました。

6月 27, 2010

おにぎりの力

心のこもった手料理を一緒に食べる。ただそれだけで自殺まで考えていた人が再び生きる力を取り戻して帰っていく。そういうすごいことをしている人がいるらしい。青森県、岩木山のふもとに「森のイスキア」という家を作って、生きることに疲れた人を受け入れ、寝場所や食事を提供している佐藤初女さんという女性だ。

この人の作るおにぎりは、それはそれは美味しいらしい。それは梅干を漬けるところから始まって、すべての過程に妥協のない手間ひまがかけて作られている。感動的なほどおいしいおにぎり。人は美味しいと感じることで生きる力を取り戻すという。「食べる」という一番基本的な行為を、ここまで深化させたのは、ご自身がそれによって蘇った経験があるからだろう。

彼女は若い頃、肺をわずらって17年ものあいだ大変な毎日を送っていたらしい。どんな医者にかかっても、どんな薬を飲んでも、本当に「治った」という感覚を得られなかった。でも、どうしようもなく弱ったある春先、旬の魚(桜鯛)を、旬の野菜(蕗)と一緒に煮たものを食べたとき、体のすみずみにまで力が伝わっていくように感じたという。

以来、食べることで治ってきたという。人にも旬の食材で心をこめた手料理を提供しつづけてきた。特に極めておられるのが、おにぎり。空腹時に食べるおにぎりというのは、たしかに魂レベルでの感動をもたらす。ごはんだけでも十分に感動的だが、それをさらに誰かが「おにぎり」に握ってくれたら、体だけでなく心にまで深く染み入る。

もちろん、自殺まで考えているような人は、最初から食べられるわけではないらしい。何かがいっぱいいっぱいに詰まっていて、とても食べられる状態ではないのだろう。最初はただ、心に寄り添うようにして一緒に居るだけ。それから、ぼちぼち話し始める。それをそのまま受け入れながら聞いていると、そのうちその人に食べる余地が生まれてくる。そうして初めて食べ始める。食べ始めると、おいしいという感覚を抱くこともできる。そうなれば、あとは自然の仕事だ。

ものすごく基本的なことなのだが、なかなかできないことだと思う。

(日本-デンマーク戦の前日の夕焼け。月が上って幻想的だった。)

6月 20, 2010

山椒は手ごわい!

丹波篠山に住む知人から、実山椒をたくさんいただいた。事務所のみんなで分けてくださいと、職場に送られてきたのだが、他の人たちはどう処理していいか分からないというので、私も分からないけど、こういうことにチャレンジするのは好きなので、私が代表で佃煮に仕上げてからみんなに配ることになった。

あく抜きをするところまではよかった。しかし、それからが大変!何が大変って、実を小枝(軸)からはずす作業の手間のかかること!なかなか離れてくれない。一粒ひとつぶ、手作業で実を取っていく。ワールドカップのオランダ戦を見ながら、手はずっと忙しく実をはずしていた。それでも終わらず、今朝、ニュース番組でオランダ戦のレビューを見ながら、また作業。You Tube を見ていたサナギの手も借りた。

何時間もかかって、ようやく上のような状態に。これでも、いただいた分量の約半分。全部やるのは無理だった。残りは枝つきのまま冷凍庫に。わが家の者は軸がついていても一向に気にしないので、それはうちで使うことに。

実を離す作業が終われば、あとは簡単。作業の成果は同僚たちに上げるべく佃煮に(写真左)。あと、冷凍庫に長らく残っていた、ちりめんじゃこと、いかなごの釘煮を鍋にぶち込み、お酒とみりんと枝つき山椒を加えて大胆に煮た。残り物再利用の「ちりめん山椒」(写真右)。これは明日からの私のお弁当に。

ぴりっとして、なかなか美味しい。でも、しんどかった~!!

6月 19, 2010

ボートの三人男


ちょっと前に「ビッグイシュー」で紹介されていた本を読んでみた。『ボートの三人男』という小説。200年以上も前に書かれたイギリスの小説。それが世界中でずっと愛され続け、このたび中公文庫から新装発売された。

題名を見て、まずピンと来たのは、イギリスの伝承詩(マザーグース)の中によく出てくる「3人の男がボートに乗って」(上の2つの歌、"Rub-a-dub-dub","Three wise men of Gotham" もそう)というモチーフ。何か象徴的な重要なモチーフなのだろうか。

小説の内容は、いたってばかばかしい。何をやっても上手くいかない、情けない3人の男のボート遊びの話。「くすっ」と笑える話が満載。電車の中で何度も笑ってしまった。訳者(丸谷才一)の訳もすごくいいので、原作のユーモアが、おそらくちゃんと訳出されていると思う。何ともいえずユーモラス。

でも、読み進むうちに、作者(ジェローム・K・ジェローム)は、もしかすると、ものすごいロマンチストなんじゃないかと思えてくる。というのは、たまに急に真面目に風景を描写したりするのだけれども、その描写がうっとりするほど美しいのだ。でも、それはほんの一瞬で、始終アホなエピソードの紹介に専念している。限りなく照れ屋なのだろう。

その、まれに出てくる美しい一節には次のようなものがある。

「明るい夜である。月は沈んでしまい、静かな大地を星たちにと委ねている。あたかも、大地の子たちであるわれわれが眠っているとき、沈黙と静寂のなかで、星たちがその姉である大地と語りかわしているようだ。あまりにも大きくあまりにも低いため、子供っぽい人間の耳には捉えることのできない声で、大いなる神秘について語っているようだ。

このように冷たくこのように明るい星たちは、われわれを畏怖せしめる。そのときわれわれは、ほの暗い神殿...礼拝することを教えられてはいるがその神体が何であるかは知らないほの暗い神殿...へと迷いこんだ小さな子供たちなのである。」

子供の頃、これとまったく同じ気持ちになったことがある。小学校高学年の頃、家族で山へ行ったとき、ひとりだけ早朝に目覚めてテントの外へ出てみたのだ。まだ薄暗い朝、空と地面とが語り合っているような音を出していた。私は、聞いてはいけない会話を聞いてしまった気がしてドキドキした。天と地は、人間には分からない言葉で、何かとても重要なことを話し合っていたように思えた。

私はジェロームのこの一節を読んで、宗教心のようなものが自分と共通していると思った。遠い国の、遠い昔の人だけど。

なんか小学生の読書感想文のようになってしまった。

追記:それと、小説の中に、Pig & Whistle という名前の宿屋が出てくる。神戸・大阪・京都に同じ名前のイギリス風パブがあるのだけれど、何か関係あるのかな?これも由来はマザーグースかな?誰かご存知ないでしょうか?

6月 16, 2010

手作り虫除け

去年のちょうど今頃、ムカデに刺されてショックだったので、今年は何か事前に対策を!と思い、いろいろ考えていた。一番いいのは、ムカデの餌になる小虫(何だろう?)がいないようにすること。でも、タマジがいるので、あんまり強い薬は使えない。

ということで、虫が嫌がる匂いのエッセンシャルオイルなど買ってきて、虫除けを手作りすることにした。家にあったオイルもかき集めて、用意したのは以下のもの。

・精油: シトロネラ(これがメイン)・ユーカリ・ラベンダー・ひのき
・無水エタノール
・精製水
・霧吹き

だいたい梅田阪神の中にある「生活の木」というお店でそろえた。品揃えがいいので助かる。精製水は薬局で安く手に入る。

これらを適当にブレンドして、家中に散布する。あわせて、除虫菊の蚊取り線香を一日一回焚く。

ほかにも、何かできることはないかなあ。何か知っていたら教えてください。今年は絶対に刺されたくない!

6月 10, 2010

ゴキブリ!

中間テストも終わり、さなぎの学校では部活が本格的に始まっている。といっても、演劇部は週に2回と、それほどさかんではない。

最初は小グループに分かれて、寸劇の発表。さなぎの初めての役は、なんと「ゴキブリ」!しかも、たたかれて殺される役。先輩に合格点をもらったらしい。

この路線でいくんだろうか...

6月 06, 2010

子猫時代を追加

タマジのアルバム 、子猫時代を追加しましたので、もしよければご覧下さい。昔の写真はなぜかピンボケが多くて、ちょっと見づらいですが。

それにしても、子猫の頃は細かった!

6月 05, 2010

鉄男さんの猫

甥っ子のお守りがてら、京都の Gallery I というところでやっている「高原鉄男個展」に行って来た。
猫好きごのみの猫たちだ。ふてぶてしくて気高い、ぶさいく顔の猫たちが何ともいえず、いい味を出している。やはり、ご自分の飼い猫を描いたものは特にいい。

どの猫も、みんな自分が主(あるじ)のような顔をしている。決してペットなどではない。対等なのだ。ああ、この人は本当に猫が好きなんだなあと思った。

うちと同じ、中学1年生の娘さんがおられるらしく、お弁当作りの話などに花が咲いた。鉄男さんも、毎日娘さんのお弁当を作っていて、それをブログにアップされている。私はそれを大いに参考にさせてもらっている。(鉄男大全の中にリンクあり)

「ソックス日記」も、気に入っている。ソックスくんは鉄男さんの飼い猫。写真を撮るときの目線というか、高さが「猫の目線」なのがいい。地面に這いつくばって撮っている鉄男さんが目に浮かぶようで、ほほえましい。


※※※ お知らせ ※※※
「タマジのアルバム」を作りました!
(「他にもいろいろ」のところから行ってみてください)

5月 26, 2010

変わる機会

まただ!口蹄疫で豚や牛が大量に殺されていて、やりきれない思いをしている人も多いと思う。こんなことが起こるたび、どうにかならないものかと思う。

鳥インフルエンザ、狂牛病、そしてこの口蹄疫。いずれも、人間の大量生産と大量消費のために、不自然な環境で育てたり、無理な人工交配を繰り返したりして「作られた」動物たちが犠牲になっている。草食動物に動物性飼料を与えたり、特定の血統を保とうとして近親交配を繰り返したり。もともと、動物をそういう風にして育てることに無理があるのだと、どうして誰も言わないのだろう?こんな事件が起こるたび、これは人間に対する警告ではないだろうかと思ってしまう。

本当かどうか分からないが、口蹄疫は放っておいても何日かすると治る病気なのだそうだ。人間なら小児科の病気に「手足口病」というのがある。それらは症状的にも、ウィルス的にも似ているのだそうだ。人間の子ならば、手足口病に罹ったからといって、あんなに大騒ぎしない。まして殺処分なんて考えられない。それが家畜ならば、こんなに大騒ぎして、何十万頭も殺処分にされる。

こんなことで、子ども達に、どうやって命の大切さを教えられる?命の大切さというとき、そこには人間の命しか入っていない。人間は殺してはいけないけど、動物はいくらでも殺してよいのか?なぜなら動物は食料だから?動物には感情がないから?いや、豚や牛にも感情はある。人間に飼ってもらえない犬や猫の殺処分も、毎年毎年ものすごい数にのぼっている。人間生活の邪魔になるからという理由だけで。

人間はきっと、いつか自然界からとんでもない大打撃を受けるだろうと思う。それまでに、他の生き物に対するこの傲慢な態度を改められるといいのだが。その機会は、こうやって何度も与えられているのに...具体的にどうすればいいのか、というのはよく分からないけど。でも、たとえば、同じ肉を買うにしても、たとえ値段は高くとも、より自然な形で飼育している農場の生産物を買うとか?

3年前にも同じ内容を、故米原万里の言葉をひきつつ、鼻息荒く書いていたようだ。

 「大体数の人々が、自分自身か、自分の家族か、あるいは身近な人々が生き物を殺し食物としていくプロセスを日常的に見知っているあいだは、無駄な殺生を戒める倫理観や美意識が、どの民族の宗教や風習にも息づいていた。
 しかし、分業が進み、防腐・冷凍技術が発達し、輸送運搬手段が発展を遂げるなかで、生き物が食べ物になっていくプロセスは、殺生も含めて圧倒的多数の人々からは隔離された形で進行するようになった。」

「数年前、騒がれた狂牛病(BSE)や、鶏の奇病、いずれも自然な環境に生息する動物ではなく、人間による大量生産と大量消費のために、過度に密集した生息環境に置かれ成長を促進するホルモンや薬物を投下された家畜が発症している。」

「今の、食料をまるで工業製品のように生産し、消費物資あつかいするあり方を続ける限り、食中毒問題は、今後も限りなくわれわれを襲ってくるだろう。これは、命を削られる生き物たちの復讐でもあり、人間に対する警告でもある。」
復讐あるいは警告

5月 16, 2010

薔薇を匂いに


風薫る5月。5月に香る花は色々あるけれど、バラはやはり別格かもしれない。うちの裏の山でも野ばらが満開で、あたり一面に芳香を撒き散らしている。

バラを育てている人のブログに、バラによって香りが全然ちがうと書いてあって、どうしてもその香りの違いを知りたくなった。

というわけで、職場近くの中ノ島バラ園に、薔薇を匂いに行ってきた。

確かに、ぜんぶ香りが違う!香水みたいに甘くゴージャスな香り、酸味を含んだ瑞々しい香り、桃を思わせるフルーティーな香り、ピリッとしたスパイシーな香り、酔っ払ってしまいそうなワイン系の香り... 画像で香りをお届けできないのが残念!

透き通るようなピンクのバラ。香りは普通。

不思議な色をしたオレンジ系のバラ。葉っぱの色もオレンジがかっている。
フルーツ系の香りがした。と思う。

いちばん香りの強かった黄色いバラ。色も綺麗!

この、ちょっと黄味がかったピンク!私の一番好きな色。匂いは忘れた。

それより、もうちょいオレンジが勝った、アプリコット色のバラ。この色もいい。

スパイシーで、大人っぽい?香りがした紫色のバラ。

そして、フリルつきドレスを着たお姫様のようなバラ。匂いはどうだったかな...

きっと、バラの種類に詳しい人なら、これは何々系統の何とかって、すぐに分かるんだろうけど、私には全然わからない。

ネームプレートも見ずに、ひたすら犬みたいに匂いばかり嗅いで回った。

職場の近所のミニ薔薇。飾り方がなかなか粋。

昼休みの1時間、いろ~んな薔薇を匂いまくって、事務所に戻る頃には、もう酔っ払ったようにフラフラに...薔薇の香りは、人を酔わせる。あ~、しあわせな1時間だった!

5月 15, 2010

演劇

さなぎの中学生活の始まりは、まずまず順調。最初、電車通学で疲れていたが、それにも徐々に慣れてきた様子。そろそろクラブの選択期限が迫っており、さなぎは何を選ぶかと思えば、なんと演劇部!

入学前はギター部だと言っていたけど、各クラブの学院祭でのステージを見て、演劇部が気に入ったらしい。音楽系だといいなとひそかに思っていたのだが、期待は見事に裏切られた。音楽関係ならば、私も色々口出しできたのに。舞台芸術なんて私にはまったく未知の世界。演劇など、生まれてこのかた観たこともない。

自分が知らない世界に、自分の子どもが入っていく...これから、ますますこういうことが増えていくんだろうな。そういう時期にさしかかっているのかもしれない。これを機に、私も少しは演劇に親しめるかな?観劇している自分なんて、今はまだ全然想像できないけど。

5月 04, 2010

また北野

昨日は、インド帰りのaccoちゃんと神戸の北野を散策。いい天気で気持ちよかった。さなぎが今の中学校に縁付いて以来、よく北野をうろついている。震災以来だろうか、以前のような気取った雰囲気がなくなり、ほどよくさびれて、歩きやすくなっていると思う。

前から気になっていた、ハンター坂の普通の団地の一室にあるテワリさんのインド食料品店併設のインド家庭料理(ほんとに家庭の中で食べる)に、とうとう行ってきた。正式名を「クスム本場家庭料理」というらしい。完全菜食のお宅で、しかも妥協のないインド流おもてなし(色んな意味で本場...汗)のため、一緒に行ってもらえる人は限られる。というわけで、適役のaccoちゃん(@ヨガ行者)と行ってみた。

月曜は定休日とのことだったけど、食べたいと言えばすんなり開けてくれた。何事も頼んでみれば何とかなるというのもインドならでは。

 これに、サモサ2つ、タマリンドの甘酸っぱいチャツネ、コリアンダーの辛いチャツネ、アチャール(ピクルス)、あま~いマンゴージュース、サラダ、チャイがついて、しかも食べ放題で、980円。美味しかった!特にダール(インドの味噌汁的な豆スープ)は、久しぶりの家庭の味で、あまりに懐かしく、おかわりしてしまった。



そして、別室のテワリさんの食料品店で、大好きなアチャール(ピクルス)をテイクアウト。具は人参、レンコン、カリフラワー。

北野には、神社やお寺は当然のこと、キリスト教のカトリック教会、バプテスト教会、イスラム教のモスク、ジャイナ教(ヒンズー教の一種)寺院と何でも揃っていて、無いのはユダヤ教のシナゴーグぐらいかなと思っていたら、なんとシナゴーグもちゃんとあった。accoちゃんが地図で見つけてくれた。

ということは、北野という狭い一角に世界の主要な宗教施設が全部そろっていることになる。しかも、観光用ではなく、全部ちゃんと日常の礼拝に使われているというのが、改めてすごいと思った。

上は、大理石造りのジャイナ教のお寺。すんごい豪華。というのも、神戸のジャイナ教徒(グジャラート州からの印僑たち)は、古くは綿織物、ついで真珠の商いで大儲けして、北野一円の大地主となり、今でも非常に裕福な生活をしているのだ。写真は前に撮ったもので、扉は閉まっているが、昨日は開いていた。中に入ると、ジャイナ教徒の一家が総出で朝のお祈りをしていた。ご神体は、金銀で飾られた美しい女神さま。神戸に住んで何代にもなるだろうのに(だからこそかもしれないが)、ずっと厳格に信仰を守り続けている。

そして、これは北野で出会った可愛い猫ちゃん。


というのは嘘で、ただのタマジ。

「遊ぼ!」と言っている。

4月 30, 2010

ハナミズキ

今日は弁当不要の日らしい。久々に余裕の朝。いやー、思えば本当に給食というのは有難かったなあ...

電車の窓から山や街路樹など、いろんな植物を眺めるのを楽しみにしている。最近とくに目をつけているのが、ハナミズキ。紅いのも白いのも、上品で美しい。紅いハナミズキは、特に芽吹きの頃の濃い紅が格別だ。あんな紅色は、他の花には無理だ。ハナミズキは、花でないからこそ、あんなすごい紅が出せるのかもしれない。

同じミズキ科のサンシュユも、最近どんどん好きになってきた。聞けば、薬にもなるらしい。実も酸っぱくて美味しい。もう季節は終わったけど。
※画像は、ハナミズキではなく、3月に撮ったサンシュユ

4月 18, 2010

マリア様とモスク

昨日は中学校の第1回目の保護者会だった。私立の学校というのは、私にとっては未知の世界。特に特定の宗教を柱にした学校など、まったく未経験の世界だ。

まず圧倒されるのは、いたるところに立っているマリア像。校舎の尖塔にイエス様を抱くマリア様、これは遠く離れたJRの電車からも見える。校内に入るとすぐ前庭のところにマリア様。もう少し入ると、中庭の中央にまたマリア様。校舎に入ると、また正面玄関にマリア様!講堂へ行こうと、違う棟に入ると、そこにまたまたマリア様!全部で何人おるねん!分身の術か何かのように、いたるところで出くわすマリア像に、ちょっと不気味さを感じる。(写真は、「中庭のマリア様」)

たしかに、神社やお寺にも像はいっぱいあることはある。でも、たとえばこっちにお稲荷さんのキツネ、あるいは仁王像、奥に行くにつれ、観音様、大黒様、弁天様、阿修羅像...という具合に違った存在が各所に配置されている。こういうのには日本人として慣れている。ところが、この学校ときたら、同一人物が、あちらこちらに配置されているのだ。これは理解に苦しむ。まあ、学校は教会じゃないわけだけど。

そして、次にびっくりしたのが、5月に催される学院祭に、各家庭3品ずつ、何か手作り品を出品しなければならないこと。しかも「材料費は3000円以上」。「以下」ではなく「以上」というところに注目した。手作り、しかもある程度の水準以上ということだろうか。まあ、ものづくりは嫌いじゃない(出来のほうは別として)ので、私はべつに構わないけど、そういうことの苦手なお母さんにはきついんじゃないだろうか。でも、特に誰も驚きの声をあげたりしていなかった。恐るべし!

というわけで、早速ビーズ、天然石、淡水パールなど買いこんで、3品作ってみた。もし売れ残ったら自分で買い取るつもりで、思いきり自分の趣味に合わせて。他の人たちがどんなものを作ってくるのか、まったくわからない。もし、これらが全く水準に達していなかったらどうしよう...それに、材料を全部使い切ったわけじゃないから、一つにつき材料費1000円もかかってないかも。まあそれは内緒。

学校を出て、そのままバスに乗り、つーっと西に行けば神戸の異人館街。その異人館街の西のはずれに神戸モスクがある。戦前から立っている歴史のある建物だ。

その近くには、「ハラール」(イスラム教徒向けの)食料品店が多い。その中の、Kobe Halal Food という、パキスタン人の経営する店が気に入っている。スパイス類の品揃えがよく、値段も安いからだ。

保護者会のあと、不謹慎にも、ついそちらの方に足が向いてしまった。特定の宗教を信仰していないというのは、何て自由なことなんだろう!

昨日の私のお目当ては、Kala Namak 、英語でブラック・ソルト。ヒマラヤで採れる岩塩で、結晶は黒っぽいが、粉末にするとほんのりピンク色。かなり硫黄の匂いがきついので、慣れないとびっくりするが、慣れるとやみつきになる。インドにいたとき、いつもこの塩を使っていた。この塩を使って調理すると、野菜が本当に美味しくなるのだ。ごはんにそのままかけても美味しい。まるで「卵ごはん」のような味になる。健康にもいいらしい。

中学校に用事で行くたび、神戸ハラール・フードに寄ってしまうかも。そして、私の中で、カトリックとイスラムが、どんどんイメージ的にセットになっていく...

4月 16, 2010

造形美


昨日も豆をむいた。ひつこいようだが、また写真を載せる。今度はケータイのカメラで撮ってみた。


普通のカメラよりきれいに撮れてるような気がする...近くのものを撮るには、案外ケータイのカメラの方がいいのかも。


豆の美しさに魅せられて、今これを壁紙にしている。

4月 09, 2010

豆の法則?

そら豆・えんどう豆は今が真っ盛り。豆好きなわが家では、これらの豆を旬のうちにと、塩茹で、スパゲティー、ポタージュなど、これでもかというほど、よく食べる。

去年も発見したのだが、今年もまた改めて感動したのが、上の写真にもあるように、えんどう豆が左右交互についていること!うまく割ると、必ずこうなっている。小さな豆の中に、こんな秘密があったとは。

自然の事物の中に、何らかの法則を発見したとき、なぜか無性に嬉しい。

4月 03, 2010

お花見日和

長く続いた雨も、激しかった風も、すっかり止んで今日は絶好のお花見日和。

タマジも元気に朝の体操。



そして、ひとりでお花見。 (画面左の庇の上。ここがタマジのお気に入り)



ヒヨドリは、桜の花で朝ごはん。(お、俳句になってる?)



こんなにアップで撮れた!なかなか可愛い。

3月 30, 2010

新しいデジカメ

とうとう買ってしまった。新しいカメラ。そんなに高級なものじゃない。ごくごく普通のデジカメ。でも、前のよりずっといい。

ちょっと遠いところで咲いている木瓜(ボケ)の花。ズームで撮ったもの。けっこう鮮明。



次は、お気に入りの場所に隠れるタマジ。夜の室内で、「高感度」で撮ったもの。フラッシュが光らないので、タマジの赤目が防げる。この場所(電気ポットとオーブントースターの裏)、前のカメラなら、真っ黒で、タマジが写っていなかった。今度はちゃんとタマジが写る。



そして、広い場所。なかなか広々と撮れる。写真は、京都の賀茂川。北大路橋から北のほうを向いて撮ったもの。甥っ子の子守で、最近よく京都に行く。



うんうん、けっこう満足。デジカメも、どんどん性能がよくなってるな。そんなに高くなかったし。これで、これから撮りまくるぞー!

3月 04, 2010

ケータイデビュー

電車通学が始まるというのもあり、サナギが携帯電話を持つことになった。中学からという約束だったけど、ちょっと前倒し。こういうしょーもない画像を、友達と送り合っている。そんなことしたら、料金が...! あまりに贅沢なオモチャだと思う。

もう少し慎重に考えてから持たせるべきだったかもと、すでに後悔モードの私。でも、こういう機器に早く慣れて、執着することなく使いこなせるというのも必要な気がするし... 悩みどころ。というか、もう遅い。

サナギの頭の中では、通貨の単位は「ジャンプ」(@250円)。1ジャンプ、2ジャンプと数える。だから、「あんたがこんなしょーもない画像送るたんびに、1ジャンプ消えていってるねんで!」と言ったら、えらくショックを受けていた。ま、実際はそんなに高くないんだろうけど。

何かと大げさに脅しておこう。