早いもので、甥っ子が生まれてから、もう1ヶ月以上経った。順調に育っている。タマジも、ようやくこの不気味な生き物に慣れてきた。さなぎも、妹と赤ん坊に対して、最初かなり屈折した態度を取っていたのが、ようやく少し和らいできたし。
赤ん坊は、最初ただの虫みたいだった。全くコミュニケーションが取れず、ただお腹が空いて泣くだけ。それが、そろそろ目が見えるようになってきて、人の顔を認識すると、にこーっと笑うようになってきた。派手な柄のクッションにも愛着を示すようになってきた。でも、こうやってだんだん人間らしくなってきた、この赤ん坊とのお別れの日が近い。もう京都に帰ってしまう。
と同時に、さなぎの塾通いが始まる。夏休みの間だけ、「夏期講習」なるものに通うことになっていたのだ。私は不賛成だった。でも、本人と、その祖母が是非にというので、夏休み限定で通ってみることに。なんと授業時間が、13時~20時。なんでそんな変な時間帯なんだろう。朝から勉強すればいいのに。しかたがないので、私も職場に言って、勤務時間を変えてもらった。遅く始まり、遅く終わるように。帰りにさなぎを迎えに行って、一緒に帰宅する。へんなの。
ところで、最近久しぶりに、染織家の志村ふくみさんのエッセイを読んだ。『白夜に紡ぐ』という新刊本。そして、すごく驚いた。というのも、この人、若いときに染織との鮮烈な出会いを体験し、これまで染めと織りひとすじに人生を歩んできて、その世界の頂点を極めた人なのだが、いま老境に達し、さらに新たな出会いを体験しているからだ。
その出会いの相手は、ドストエフスキー。まるで初恋のように、夢中でドストエフスキーの作品を読み漁っているらしい。それも、何度も何度も繰り返し。毎回、終わってしまうのが惜しくて、終わりに近づくにつれ、速度を緩めて読むらしい。染織関係の取材でイラン~トルコに旅したときも、ドフトエフスキーを片時も離さず、読み続けていたそうだ。仕事が終わって、夜、床に入ってから彼の小説に向き合うときが至福のときだと言っている。京都の山奥に建てた山小屋にひとり籠もりに行くときも、彼の小説が一緒。誰にも邪魔されずに読めることが何より有り難いらしい。これでは、本当にまるで初恋だ。
染織との出会いも強烈だったそうだが、このドフトエフスキーとの出会いもまた強烈そうだ。両方とも、彼女の生い立ちに関係している。若い頃にその伏線があったのだ。老いてから、もう一度こんな風に燃え上がることがあるのだなあということに何よりも感動した。これまで精一杯生きてきた人だからこそ、こんなことが起こりうるのかもしれないが。
でも、老境にも、こんな出会いが待っているのかもしれない、と思うとわくわくする。老後の素晴らしさを説いた他のどんな本よりも、この本はそれを教えてくれる。恋する乙女のように、ドフトエフスキーの魅力を熱く語る志村ふくみさん、素敵だ。
6月 17, 2009
魚くさい
妹の寝巻きが何故か魚くさい。赤ちゃんの口を拭くガーゼのハンカチも同じ匂い。秋刀魚や鯖などの青魚系の匂い。まさか、母乳が??と思い、ネットで、「母乳 魚臭い」で検索してみた。
なんと!結構出てくる。同じ悩みを抱えたお母さん。知らなかった。母乳は時に魚臭いのだ!甘いミルクの香りというイメージがあっただけに、周りも本人も、かなりショック。
DHAが含まれているからかな?自分のときは気づかなかったけど...
なんと!結構出てくる。同じ悩みを抱えたお母さん。知らなかった。母乳は時に魚臭いのだ!甘いミルクの香りというイメージがあっただけに、周りも本人も、かなりショック。
DHAが含まれているからかな?自分のときは気づかなかったけど...
6月 12, 2009
4月 25, 2009
母国語
忙しかった一番の原因は刑務所の仕事。とんでもなく大変な仕事であることが発覚した。私のウルドゥー語のレベルでは、とうてい要求に応えられない。
行くまでは結構軽い気持ちで考えていたのだが、初日、実際に行ってみて初めて大変な思い違いをしていたことに気がついた。まず、手書きの文字が読めない!書いてあることが何一つ分からない!もう目の前が真っ白になった。目星をつけて、辞書を引きまくるけれど、どの言葉も載ってない。焦りまくる。活字でしか見たことがないので、手書きになると、どんな形なのか、全然わからない。それでも何とか辞書を引き引き、どうにか8時間の勤務を終えた。1日20通の手紙を訳すことが要求されているというのに、その日はたった1通しか出来なかった。
その次の回は猛烈に頑張ったけど、3通。それも、ほとんど内容が分からないまま、何とかごまかしごまかし仕上げた。他の慣れた人達(中国語・韓国語・ポルトガル語・ロシア語など色々居る)や、外大等で、その言語を専門に勉強してきた人たちは、ちゃんと20通近くのノルマをこなしている。私だけがこんなにのろい!どうしようもなく惨めで、何度も泣きそうになった。
辞めたいと思った。しかし、いったん引き受けてしまった仕事、今さら断れない。どうしよう、どうしよう、と思いつつ、とにかくやれるだけやるしかない、ということで、毎日ウルドゥー語の単語帳に向き合い、NHKのウルドゥー語ニュースを聞き、頑張っている。でも、一向に手書きの文字は読めないし、手紙の処理数も増えない。
でも、良かったことがひとつだけある。それは、母国語の有り難さというものが身にしみて分かったこと。一日中8時間みっちり、読み慣れない文字を読もうとし続け、昼休みもつぶして、他の人とも口をきかず、ただひたすらアラビア文字を睨み続けると、本当に精も根も尽きてしまう。
その後に、日本語を目にすると、何とも不思議な感覚に襲われる。何の努力もなしに、目にする文字すべての意味が分かるのだ。駅の電光表示、電車の中の吊り公告、どれもこれも、私には意味が分かる!おそらく外国人から見たら奇怪きわまりない、この漢字交じりのへんてこな記号の意味が、私には全部分かる。しかも辞書なしで!当たり前のはなしだが、日本語が読めるということに対して、こんなに感激したことは今までに無い。
母国語があるということ、それの読み書きができるということは、何と有り難いことなんだろう!刑務所からの帰り道、毎回このことに感謝する。
世界には母国語での教育が受けられない人達がたくさんいる。母国語をしゃべることを禁じられ、英語やロシア語、スペイン語などを強要された民族も数多い。その結果、その人達が無くしてしまったものは、想像できないほど大きなものだと思う。それは自我をなくすことに等しい。
日本語で教育を受けられて、本当によかったと思う。自分の思考と身体と、母国の風土と言語、それら全てが、しっくりと一致しているという心地よさが感じられる。「この言語ならば操れる」という自信が、何よりも有り難い。
行くまでは結構軽い気持ちで考えていたのだが、初日、実際に行ってみて初めて大変な思い違いをしていたことに気がついた。まず、手書きの文字が読めない!書いてあることが何一つ分からない!もう目の前が真っ白になった。目星をつけて、辞書を引きまくるけれど、どの言葉も載ってない。焦りまくる。活字でしか見たことがないので、手書きになると、どんな形なのか、全然わからない。それでも何とか辞書を引き引き、どうにか8時間の勤務を終えた。1日20通の手紙を訳すことが要求されているというのに、その日はたった1通しか出来なかった。
その次の回は猛烈に頑張ったけど、3通。それも、ほとんど内容が分からないまま、何とかごまかしごまかし仕上げた。他の慣れた人達(中国語・韓国語・ポルトガル語・ロシア語など色々居る)や、外大等で、その言語を専門に勉強してきた人たちは、ちゃんと20通近くのノルマをこなしている。私だけがこんなにのろい!どうしようもなく惨めで、何度も泣きそうになった。
辞めたいと思った。しかし、いったん引き受けてしまった仕事、今さら断れない。どうしよう、どうしよう、と思いつつ、とにかくやれるだけやるしかない、ということで、毎日ウルドゥー語の単語帳に向き合い、NHKのウルドゥー語ニュースを聞き、頑張っている。でも、一向に手書きの文字は読めないし、手紙の処理数も増えない。
でも、良かったことがひとつだけある。それは、母国語の有り難さというものが身にしみて分かったこと。一日中8時間みっちり、読み慣れない文字を読もうとし続け、昼休みもつぶして、他の人とも口をきかず、ただひたすらアラビア文字を睨み続けると、本当に精も根も尽きてしまう。
その後に、日本語を目にすると、何とも不思議な感覚に襲われる。何の努力もなしに、目にする文字すべての意味が分かるのだ。駅の電光表示、電車の中の吊り公告、どれもこれも、私には意味が分かる!おそらく外国人から見たら奇怪きわまりない、この漢字交じりのへんてこな記号の意味が、私には全部分かる。しかも辞書なしで!当たり前のはなしだが、日本語が読めるということに対して、こんなに感激したことは今までに無い。
母国語があるということ、それの読み書きができるということは、何と有り難いことなんだろう!刑務所からの帰り道、毎回このことに感謝する。
世界には母国語での教育が受けられない人達がたくさんいる。母国語をしゃべることを禁じられ、英語やロシア語、スペイン語などを強要された民族も数多い。その結果、その人達が無くしてしまったものは、想像できないほど大きなものだと思う。それは自我をなくすことに等しい。
日本語で教育を受けられて、本当によかったと思う。自分の思考と身体と、母国の風土と言語、それら全てが、しっくりと一致しているという心地よさが感じられる。「この言語ならば操れる」という自信が、何よりも有り難い。
4月
3月 20, 2009
春分の日
この時期、いつも妹が注文して送ってくれるフリージアも来た。八丈島にある精神障害者の作業所からの春の便りだ。
瀬戸内の春の便り、「いかなご」は、今年は不漁だったらしく、今年は生の新子(稚魚)に全然お目にかからないまま、どうやら漁が終わってしまった。去年はタンカーの座礁で、海に油が流れ出し、いかなごが獲れなかった。今年もまだ、その事故の影響が残っているのかもしれない。親魚が育たなかったのだろう。もう何年も「イカナゴの釘煮」を作ってない...
亀ちゃんも冬眠から覚めた。昨日から餌も食べ始めた。ウグイスも元気に鳴きはじめた。
気がつけば、梅が終わり、モクレンやコブシが咲いている。線路の脇にはツクシがいっぱい生えている。
子供らは、半そで半ズボンに変わっている。
ああ、いつのまにか世の中は春になっている!
2月 25, 2009
見直し嫌い
結局、さなぎの「焦り」は一時的なもので、随分とスピードダウンしてしまい、また漫画三昧のぐーたら坊主に戻ってしまった。残念なような、安心なような複雑な気持ち...
それに伴って、私のウルドゥー語学習熱も、ちょっぴりスピードダウン。いや、子供のせいにしてはいけない、いけない。
それにしても、不思議なのは、さなぎが何か問題集などをやったあとに、答え合わせをしようとしないこと。友達の子供もそうらしいが、答えが合ってるかどうか気にならないんだろうか??こんなんでは、問題集をやっても意味がない。何の進歩もない。
と、ちょっと苛立っていたのだが、よくよく考えてみると、私も同じ。仕事で決算をし、申告書を作っても、見直しをしない。所長にチェックしてもらって、間違いを指摘してもらう。自分でも見つけられただろうに、というような単純な間違いがいっぱい見つかる。昨日など、「いっぱいありすぎて、どれから指摘していいか分からん」と言われた。こっちは仕事だから、もっと深刻だ。
やれやれ...
それに伴って、私のウルドゥー語学習熱も、ちょっぴりスピードダウン。いや、子供のせいにしてはいけない、いけない。
それにしても、不思議なのは、さなぎが何か問題集などをやったあとに、答え合わせをしようとしないこと。友達の子供もそうらしいが、答えが合ってるかどうか気にならないんだろうか??こんなんでは、問題集をやっても意味がない。何の進歩もない。
と、ちょっと苛立っていたのだが、よくよく考えてみると、私も同じ。仕事で決算をし、申告書を作っても、見直しをしない。所長にチェックしてもらって、間違いを指摘してもらう。自分でも見つけられただろうに、というような単純な間違いがいっぱい見つかる。昨日など、「いっぱいありすぎて、どれから指摘していいか分からん」と言われた。こっちは仕事だから、もっと深刻だ。
やれやれ...
2月 10, 2009
渡りに舟
いやー、ほんとにびっくりした。ちょっと背筋がぞぞーっしたほど。
この前の日曜日、知らない電話番号からいきなり電話がかかってきた。「間違い電話かもしれませんが、もしかしてここは△△さんのお宅でしょうか」、などという怪しい始まりだったので、てっきり迷惑電話だと思い、最初冷たい対応をしていたら、なんと仕事の依頼だった。
10年以上も前、さなぎが生まれたばかりで、どうしても仕事が欲しいときに、イチかバチかで出しておいた履歴書を大事にとっておいてくれたのだそう。大阪にある翻訳会社。当時私は、ヒンディー語・ベンガル語・ウルドゥー語の翻訳・通訳が可能と書いていたそうだ(笑)。
あれから11年。私はすっかり方向を変え、簿記の勉強から入って、今では会計事務所で働いている。遠い昔の外国語のことなど、もうすっかり忘れてしまっている。でもでも!今は事情が変わった。もし本当にさなぎが中学校に合格してしまったら、高額の授業料を何とか工面しなければならない。どうしても収入を増やしたい。どうしよう、どうしよう、と考えていた矢先に、この翻訳会社からの仕事の依頼!
内容は、刑務所で、受刑者が書いた手紙(ウルドゥー語)の要点翻訳。今の状態では、はっきり言って無理。でも、何だろう、これが私の強みと呼んでもいいのかもしれないが(いや、弱みなのかもしれないが)、二つ返事で引き受けてしまった。仕事は来る4月から、とりあえず1年間。4月までに猛勉強して、何とかする(笑)。月に2回程度、年間30回こなせばいいそうだ。それなら、職場を休んでも何とかなるだろう。もしかすると、そこから会計方面の翻訳(英語)の仕事にもつながるかもしれない。そうなれば、職場の所長も歓迎してくれるだろう。
ウルドゥー語というのは、パキスタンの国語。この言語は面白い。実は、北インドの共通語であるヒンディー語と、パキスタンのウルドゥー語は、きょうだい同士のような言語で、日常会話レベルでは、ほとんど同じ言語。ただ文字が違うだけだ。ヒンディー語はインド伝統のサンスクリット文字で書き、ウルドゥー語はアラビア文字で書く。
昔、さなぎの父親と私は、一緒に翻訳の仕事をしていた。中東方面に輸出する電子レンジの取扱説明書を、英語からヒンディー語に翻訳する仕事。仕事をやっているとき、ウルドゥー語の翻訳者も探していると告げられた。あのときも、「それなら私ができます!」と即座に引き受け、引き受けてから、ウルドゥー文字を猛勉強し、とりあえず、パソコン入力できるようにした。ヒンディー語からウルドゥー語は、表記を変えるだけ。彼が英語からヒンディー語に訳し、それを私がウルドゥー語に書き直す。一度の翻訳で、2倍の収入が得られたのだ。
あの頃、付け焼刃で覚えたウルドゥー文字を再び思い出さねば。今度は夫の助けもない。でも、お金が要る。どうにかするぞ!幸い、あの当時、火事場の馬鹿力で一気に揃えたウルドゥー語の辞書など(日本での入手は極めて困難)、全部置いてある。
渡りに舟とは、まさにこのこと。10年以上も眠っていた私の履歴書が、本当に必要なときに目覚めてくれた。どこかで誰かが見ていてくれて、必要な配慮をしてくれているとしか思えないタイミングだった。その誰かに、心から感謝!
ところで、昨日ネットで色々ウルドゥー語関係のサイトを探していたら、富山県警のホームページに行き当たった。ウルドゥー語で読めるなんて、全国で初めてなのだそうだ。富山には、日本海沿岸にパキスタン人街があるという。美味しいカレーも食べられるらしい(笑)。
この前の日曜日、知らない電話番号からいきなり電話がかかってきた。「間違い電話かもしれませんが、もしかしてここは△△さんのお宅でしょうか」、などという怪しい始まりだったので、てっきり迷惑電話だと思い、最初冷たい対応をしていたら、なんと仕事の依頼だった。
10年以上も前、さなぎが生まれたばかりで、どうしても仕事が欲しいときに、イチかバチかで出しておいた履歴書を大事にとっておいてくれたのだそう。大阪にある翻訳会社。当時私は、ヒンディー語・ベンガル語・ウルドゥー語の翻訳・通訳が可能と書いていたそうだ(笑)。
あれから11年。私はすっかり方向を変え、簿記の勉強から入って、今では会計事務所で働いている。遠い昔の外国語のことなど、もうすっかり忘れてしまっている。でもでも!今は事情が変わった。もし本当にさなぎが中学校に合格してしまったら、高額の授業料を何とか工面しなければならない。どうしても収入を増やしたい。どうしよう、どうしよう、と考えていた矢先に、この翻訳会社からの仕事の依頼!
内容は、刑務所で、受刑者が書いた手紙(ウルドゥー語)の要点翻訳。今の状態では、はっきり言って無理。でも、何だろう、これが私の強みと呼んでもいいのかもしれないが(いや、弱みなのかもしれないが)、二つ返事で引き受けてしまった。仕事は来る4月から、とりあえず1年間。4月までに猛勉強して、何とかする(笑)。月に2回程度、年間30回こなせばいいそうだ。それなら、職場を休んでも何とかなるだろう。もしかすると、そこから会計方面の翻訳(英語)の仕事にもつながるかもしれない。そうなれば、職場の所長も歓迎してくれるだろう。
ウルドゥー語というのは、パキスタンの国語。この言語は面白い。実は、北インドの共通語であるヒンディー語と、パキスタンのウルドゥー語は、きょうだい同士のような言語で、日常会話レベルでは、ほとんど同じ言語。ただ文字が違うだけだ。ヒンディー語はインド伝統のサンスクリット文字で書き、ウルドゥー語はアラビア文字で書く。
昔、さなぎの父親と私は、一緒に翻訳の仕事をしていた。中東方面に輸出する電子レンジの取扱説明書を、英語からヒンディー語に翻訳する仕事。仕事をやっているとき、ウルドゥー語の翻訳者も探していると告げられた。あのときも、「それなら私ができます!」と即座に引き受け、引き受けてから、ウルドゥー文字を猛勉強し、とりあえず、パソコン入力できるようにした。ヒンディー語からウルドゥー語は、表記を変えるだけ。彼が英語からヒンディー語に訳し、それを私がウルドゥー語に書き直す。一度の翻訳で、2倍の収入が得られたのだ。
あの頃、付け焼刃で覚えたウルドゥー文字を再び思い出さねば。今度は夫の助けもない。でも、お金が要る。どうにかするぞ!幸い、あの当時、火事場の馬鹿力で一気に揃えたウルドゥー語の辞書など(日本での入手は極めて困難)、全部置いてある。
渡りに舟とは、まさにこのこと。10年以上も眠っていた私の履歴書が、本当に必要なときに目覚めてくれた。どこかで誰かが見ていてくれて、必要な配慮をしてくれているとしか思えないタイミングだった。その誰かに、心から感謝!
ところで、昨日ネットで色々ウルドゥー語関係のサイトを探していたら、富山県警のホームページに行き当たった。ウルドゥー語で読めるなんて、全国で初めてなのだそうだ。富山には、日本海沿岸にパキスタン人街があるという。美味しいカレーも食べられるらしい(笑)。
2月 07, 2009
さなぎは走る!
昨日のつづき。
さなぎは焦っている。どれぐらい焦っているかというと、なんと、学校から毎日走って帰ってくるほどなのだ(母の証言)。頭の中には常に「間に合わない!」という言葉があるらしい。家の中でも走るように勉強している。帰ったらすぐ、問題集に向かい、晩御飯までやりまくる。朝は5時にしゃきっと起きて、朝ごはんまでやりまくる。そして、1時間に一回、必ず、「やっぱりあかんのんちゃうやろか。間に合わへんのんちゃうやろか」、と訴える。燃え尽き症候群で、病気になるのではないかと心配する。つい先週までは、一日中寝転がって、漫画を読みまくっていたのだ。何がどうなっているのか分からない。
たしかに、さなぎは、もうすぐ6年生。目指すは超難関の学校。というのも、私や妹が行った国立の中学校(国立大の附属中学)は、再編成中とかで、いま受験できなくなくなっているのだ。(ここが受験できれば、一番良かったのだが。)かといって、普通のお嬢様学校を受けたのでは、ますます北大から遠ざかってしまう。ということは、選択肢はひとつしかない。古い伝統をもつ女学校で、中学入試が、ずば抜けて難しい学校。今から始めたのでは、とうてい間に合わないような学校なのだ。つまり、よほどの覚悟で、集中して勉強しなければ無理。
でも、塾には行かさない。本人も、母(ばーちゃん)も、「塾に行った方が...」などと言い始めているが、私は反対。問題集と、赤本(過去問)と、模擬試験だけで、どうにか頑張って欲しいと思っている。なんとか自力で。もちろん、私も、母も、妹も、協力は惜しまない。さてさて、どうなることやら...
昨日、大阪地方裁判所の前を通ったら、紅梅が満開だった。朝の冷たい空気に、何ともいえない高貴な香りをいっぱいに放っていた。ああ、春なんだ!さなぎといい、梅といい、時期が来たらちゃんと自ら変化する。その不思議さに、いつも驚く。
さなぎは焦っている。どれぐらい焦っているかというと、なんと、学校から毎日走って帰ってくるほどなのだ(母の証言)。頭の中には常に「間に合わない!」という言葉があるらしい。家の中でも走るように勉強している。帰ったらすぐ、問題集に向かい、晩御飯までやりまくる。朝は5時にしゃきっと起きて、朝ごはんまでやりまくる。そして、1時間に一回、必ず、「やっぱりあかんのんちゃうやろか。間に合わへんのんちゃうやろか」、と訴える。燃え尽き症候群で、病気になるのではないかと心配する。つい先週までは、一日中寝転がって、漫画を読みまくっていたのだ。何がどうなっているのか分からない。
たしかに、さなぎは、もうすぐ6年生。目指すは超難関の学校。というのも、私や妹が行った国立の中学校(国立大の附属中学)は、再編成中とかで、いま受験できなくなくなっているのだ。(ここが受験できれば、一番良かったのだが。)かといって、普通のお嬢様学校を受けたのでは、ますます北大から遠ざかってしまう。ということは、選択肢はひとつしかない。古い伝統をもつ女学校で、中学入試が、ずば抜けて難しい学校。今から始めたのでは、とうてい間に合わないような学校なのだ。つまり、よほどの覚悟で、集中して勉強しなければ無理。
でも、塾には行かさない。本人も、母(ばーちゃん)も、「塾に行った方が...」などと言い始めているが、私は反対。問題集と、赤本(過去問)と、模擬試験だけで、どうにか頑張って欲しいと思っている。なんとか自力で。もちろん、私も、母も、妹も、協力は惜しまない。さてさて、どうなることやら...
昨日、大阪地方裁判所の前を通ったら、紅梅が満開だった。朝の冷たい空気に、何ともいえない高貴な香りをいっぱいに放っていた。ああ、春なんだ!さなぎといい、梅といい、時期が来たらちゃんと自ら変化する。その不思議さに、いつも驚く。
2月 06, 2009
転機?
立春も過ぎ、気のせいか、寒さが身体の芯まで届かなくなってきた。まだ寒いのは寒いけど、身体の表面だけ。季節は確実に移っているのだ。
いきなり斬新なヘアスタイルにしたさなぎは、これまた急にとんでもないことを言い出した。なんと、中学受験したいと言い始めたのである!私は中学受験には反対だった。なぜなら、私も妹も中学受験組で、地元の中学校へ行かず、その負の面をよく知っているからだ。頑張るのはもっと後でいい、今はまだのんびり好きなことをして遊んでいればいい、と思っていた。
ところが、どこからか地元の中学は荒れていて、いじめ等もすさまじく、行っても勉強が出来ないという噂を聞きつけてきたらしい。突然、地元の中学に行きたくないと言い出した。今のところ、さなぎの目標は獣医さんである(『動物のお医者さん』の影響)。よって、目標は北大の獣医学部。いい高校に行かないと、北大には行けない。そのためには地元の中学に行っていたのではダメだ。というような単純な発想らしい。
目標はおそらく変わるだろう。それに、「いい学校」って何だろう?自分さえしっかりしていれば、どんな学校に行こうが勉強は出来るだろうし、北大へも行けるだろうに。しかも、人生、勉強以外にも大切なことはいっぱいある。そして、何より、私にはお金がない!私立の学校なんて、とんでもない!!
と、いろいろ抵抗はしてみたものの、さなぎは一度言い出すと譲らない。どんどん自分で計画を進めて、母(ばーちゃん)を巻き込んで、前に進んで行っている。そのエネルギーはものすごく、病的なほど。一種の躁状態となっている。一体どうなるんだろう...
いきなり斬新なヘアスタイルにしたさなぎは、これまた急にとんでもないことを言い出した。なんと、中学受験したいと言い始めたのである!私は中学受験には反対だった。なぜなら、私も妹も中学受験組で、地元の中学校へ行かず、その負の面をよく知っているからだ。頑張るのはもっと後でいい、今はまだのんびり好きなことをして遊んでいればいい、と思っていた。
ところが、どこからか地元の中学は荒れていて、いじめ等もすさまじく、行っても勉強が出来ないという噂を聞きつけてきたらしい。突然、地元の中学に行きたくないと言い出した。今のところ、さなぎの目標は獣医さんである(『動物のお医者さん』の影響)。よって、目標は北大の獣医学部。いい高校に行かないと、北大には行けない。そのためには地元の中学に行っていたのではダメだ。というような単純な発想らしい。
目標はおそらく変わるだろう。それに、「いい学校」って何だろう?自分さえしっかりしていれば、どんな学校に行こうが勉強は出来るだろうし、北大へも行けるだろうに。しかも、人生、勉強以外にも大切なことはいっぱいある。そして、何より、私にはお金がない!私立の学校なんて、とんでもない!!
と、いろいろ抵抗はしてみたものの、さなぎは一度言い出すと譲らない。どんどん自分で計画を進めて、母(ばーちゃん)を巻き込んで、前に進んで行っている。そのエネルギーはものすごく、病的なほど。一種の躁状態となっている。一体どうなるんだろう...
1月 24, 2009
1月 23, 2009
駐輪場を!
昨日はおつかいで、大阪国際ビルというところに書類を届けに行ってきた。事務所からは自転車で行ける距離だし、ちょうど雨もやんだところだったので、自転車で。
そのビルは堺筋本町駅のすぐ近くの立派な高層ビル。1階には紀伊国屋なんかも入っている。ちゃんとした駐車場もある。駐車場があるぐらいだから、駐輪場もあるだろうと思い、駐輪場を探してビルのまわりをぐるっと回ってみた。 ない。 で、駐車場の守衛さんに聞いた。「駐輪場ないんですか?」 すると、すかさず、「ないんです。」 「え、そしたら、自転車どこに止めといたらいいですか?」 「すみませんが、その辺の道に止めてください。」
道には自転車があふれている。あまりにぎっしりと路駐してあるので、私の自転車が入り込む余地がない。そこに無理やり押し込んで(それでも大分はみ出してしまう)、急いでビルの27階に上がり、用事を済ませて、急いで戻ってきた。安心して用も足せない。こんなに立派なビルで、こんなに立派な駐車場があるのに、駐輪場がないなんて、どういうこっちゃ!こんなビル、ちゃんとしたビルとは認めないぞ!
大阪では、ほとんどの人が自転車で移動する。ちなみに、そのビルの立派な駐車場は、ほとんど使われておらず、空っぽ。道路には路駐自転車があふれている。この矛盾!
まあでも、たしかに、下手に駐輪場を設けると、そのビルに用のあるなしにかかわらず、みんなそこに自転車を止めに来るだろう。それを見越して設置しないのかもしれない。すべてのビルに一斉に駐輪場を作らなければ解決しないのかもしれない。
これからは、大阪のすべての商業施設、駅前、オフィスビルに、駐輪場を設置して欲しい!御堂筋を国の管理から、市の管理に移して、自転車専用道を設ける計画があるらしい。それをやるなら、まずは、とにかく駐輪場を作ってほしい。これからは駐輪場を作らないと、ビルとしての認可が下りないようにすればいい。温暖化対策として、こんなところにも目を配って欲しい。でも、これって、実際に自分が自転車で仕事をしないと分からない不便なので、政治をやる人たちには、なかなか分かりづらいのかもな...
というようなことを、おつかいの帰り道に、つらつらと考えていたのだった。最近ちょっと鼻息の荒い私。
そのビルは堺筋本町駅のすぐ近くの立派な高層ビル。1階には紀伊国屋なんかも入っている。ちゃんとした駐車場もある。駐車場があるぐらいだから、駐輪場もあるだろうと思い、駐輪場を探してビルのまわりをぐるっと回ってみた。 ない。 で、駐車場の守衛さんに聞いた。「駐輪場ないんですか?」 すると、すかさず、「ないんです。」 「え、そしたら、自転車どこに止めといたらいいですか?」 「すみませんが、その辺の道に止めてください。」
道には自転車があふれている。あまりにぎっしりと路駐してあるので、私の自転車が入り込む余地がない。そこに無理やり押し込んで(それでも大分はみ出してしまう)、急いでビルの27階に上がり、用事を済ませて、急いで戻ってきた。安心して用も足せない。こんなに立派なビルで、こんなに立派な駐車場があるのに、駐輪場がないなんて、どういうこっちゃ!こんなビル、ちゃんとしたビルとは認めないぞ!
大阪では、ほとんどの人が自転車で移動する。ちなみに、そのビルの立派な駐車場は、ほとんど使われておらず、空っぽ。道路には路駐自転車があふれている。この矛盾!
まあでも、たしかに、下手に駐輪場を設けると、そのビルに用のあるなしにかかわらず、みんなそこに自転車を止めに来るだろう。それを見越して設置しないのかもしれない。すべてのビルに一斉に駐輪場を作らなければ解決しないのかもしれない。
これからは、大阪のすべての商業施設、駅前、オフィスビルに、駐輪場を設置して欲しい!御堂筋を国の管理から、市の管理に移して、自転車専用道を設ける計画があるらしい。それをやるなら、まずは、とにかく駐輪場を作ってほしい。これからは駐輪場を作らないと、ビルとしての認可が下りないようにすればいい。温暖化対策として、こんなところにも目を配って欲しい。でも、これって、実際に自分が自転車で仕事をしないと分からない不便なので、政治をやる人たちには、なかなか分かりづらいのかもな...
というようなことを、おつかいの帰り道に、つらつらと考えていたのだった。最近ちょっと鼻息の荒い私。
1月 22, 2009
あたしにやらして!
その後のさなぎは、毬栗(いがぐり)坊主になってご満悦だったのも束の間、ショートヘアの常で、すぐに伸びたように感じてしまい、また切ってくれ切ってくれとうるさい。「もう切るとこないわ!」と断ると、今度は剃ってくれという。「剃ってぇ~!剃ってぇ~!」と毎日せがまれる、というか試されているような私。辛いことこの上ない。何をどう試されているのだろう。それもよく分からない。
ところで、オバマ大統領が就任した。なぜか感慨深い。さなぎの父親は、政治にすごく関心があった。自分の父親が政治評論家だったからだろう。政治に全く無知な私とは対照的だった。アングロサクソンの支配するアメリカで、黒人の血の混じった大統領が誕生したと知ったら、彼はどう思っただろう。きっと興奮したにちがいない。
明らかに父親の血を引いているさなぎ、我が家には珍しく、政治に関心があるもよう。ニュースを見ていても、政治の話題になると、きっちり聞いている。選挙の方式などにも興味があるらしく、大統領の選出方法など、私に尋ねてくる。そんなん、私が知ってるはずがない(知っとけよ!)。私には、人間社会のことよりも、蝶々の生態や、草花の戦略などの方がよほど面白く思える。でも、さなぎは、あくまで人間社会に興味があるようだ。私の子とは思えない。
で、日本の政治。混迷を極めていて、今の首相もダメ、代わりにオザワがやったとしても、きっとダメだろう、みたいな話がよく持ち上がっている。私も何気なく、「誰がやってもあかんやろな...」と言ったら、それまで真剣な顔でテレビのニュースを睨んでいたさなぎが、いきなり、「も~~~あたしにやらして!」と叫んだ。これは大ヒット!(笑) さなぎの父親が聞いたなら、顔を崩して喜んだことだろう。何しろ、娘を名づけるのに、性別の違いにもかかわらず、彼の尊敬するインドの首相(ジャワーハルラール・ネルー)のファーストネームを使ったぐらいだ。この力強い「あたしにやらせて!」を、あの世の彼に届けたい。
ところで、オバマ大統領が就任した。なぜか感慨深い。さなぎの父親は、政治にすごく関心があった。自分の父親が政治評論家だったからだろう。政治に全く無知な私とは対照的だった。アングロサクソンの支配するアメリカで、黒人の血の混じった大統領が誕生したと知ったら、彼はどう思っただろう。きっと興奮したにちがいない。
明らかに父親の血を引いているさなぎ、我が家には珍しく、政治に関心があるもよう。ニュースを見ていても、政治の話題になると、きっちり聞いている。選挙の方式などにも興味があるらしく、大統領の選出方法など、私に尋ねてくる。そんなん、私が知ってるはずがない(知っとけよ!)。私には、人間社会のことよりも、蝶々の生態や、草花の戦略などの方がよほど面白く思える。でも、さなぎは、あくまで人間社会に興味があるようだ。私の子とは思えない。
で、日本の政治。混迷を極めていて、今の首相もダメ、代わりにオザワがやったとしても、きっとダメだろう、みたいな話がよく持ち上がっている。私も何気なく、「誰がやってもあかんやろな...」と言ったら、それまで真剣な顔でテレビのニュースを睨んでいたさなぎが、いきなり、「も~~~あたしにやらして!」と叫んだ。これは大ヒット!(笑) さなぎの父親が聞いたなら、顔を崩して喜んだことだろう。何しろ、娘を名づけるのに、性別の違いにもかかわらず、彼の尊敬するインドの首相(ジャワーハルラール・ネルー)のファーストネームを使ったぐらいだ。この力強い「あたしにやらせて!」を、あの世の彼に届けたい。
1月 13, 2009
悲願
年末から年始にかけて、そして、昨日も、4度にもわたって、さなぎの散髪をやった。本当は一気にやって欲しかったらしい。でも、私にその勇気がなかった。いま、さなぎは限りなく丸刈りに近い状態。これがやりたかったのだそうだ。
そういえば、小さい頃、「おらを丸刈りにしてくれ!」と言って私を困らせた。とんでもない要求と思い、まったく取り合わなかった。冗談だと思っていた。今ようやく、その頃からの悲願を果たしたらしい。
どこからどう見ても男の子。せめて「フレンチショート風」に、どこかに女の子らしさを残そうとした私の努力もむなしく拒否され、「もっと、<女を捨てました>感を出したいねん!」と言われ、要求されるままに切り進むうちに、まるでルパン三世、モンキー頭に。
たかが11歳の女の子が、何が「女を捨てました感」だ!まだ女にもなってないのに!でも、確かに、ここ数年、身体の方は、めきめき女に向かって成長していっている。それが嫌なのだろうか?それとのバランスを保とうとしているのだろうか?
そういえば、小さい頃、「おらを丸刈りにしてくれ!」と言って私を困らせた。とんでもない要求と思い、まったく取り合わなかった。冗談だと思っていた。今ようやく、その頃からの悲願を果たしたらしい。
どこからどう見ても男の子。せめて「フレンチショート風」に、どこかに女の子らしさを残そうとした私の努力もむなしく拒否され、「もっと、<女を捨てました>感を出したいねん!」と言われ、要求されるままに切り進むうちに、まるでルパン三世、モンキー頭に。
たかが11歳の女の子が、何が「女を捨てました感」だ!まだ女にもなってないのに!でも、確かに、ここ数年、身体の方は、めきめき女に向かって成長していっている。それが嫌なのだろうか?それとのバランスを保とうとしているのだろうか?
1月 02, 2009
コイバナ・木村敏
慌ただしい毎日を送っているあいだに、気がついたら新年になっていた。
年末30日・31日は、さなぎの友達が来て、さなぎの誕生日会、兼お泊り会。女の子5人、しゃべったり、飲み食いしたり、それはそれはにぎやかだった。輪になってしゃべる姿は、まるでおばちゃん。特に盛り上がっていたのは、「コイバナ(恋話?)」。小学校5年生のコイバナ。聞いてて面白いのなんの。
Uちゃん:「姫ちゃん、もう告ったら?告ったらええやん!」
姫ちゃん:「告るとか、そんなんはイヤやねん。あたしは、あの子に、あたしがあの子のこと好きやって、気づいてほしいだけやねん。」
阿修羅ちゃん:「なあ、ひとつ聞いていい?姫ちゃんはさあ、それ気づいてもらって、どうしたいん?何がやりたいん?」
姫ちゃん:「え、だって両思いになりたいやん。」
阿修羅ちゃん:「でも、両思いになってもならんでも、べつになんにも変わらへんやん。もしかして、あれなん?ちょっと、あんまり言いたくないっていうか、なんかいやなこと言うけど、あれがしたいん?」
(私、ドキドキ...)
阿修羅ちゃん:「あの、つきあい、ってやつ?つきあいたいん?」
(私、ほっ。)
姫ちゃん:「いや、そんなんちゃう!」(興奮ぎみ)
というような会話が延々、夜中の1時過ぎまで続いていた。別室で寝ていた私も、さらに別の部屋で寝ていた私の母や妹も、その間眠れず。ただひとり、さなぎだけは、きっかり10時に就寝、朝みんなが起きるまで熟睡(これ、さなぎの特技)。夜のコイバナに寄れず。
コイバナの中には、背筋の凍るようなのもあった。何でも、姫ちゃんの恋敵をどうやってやっつけるか、という話し合い。
姫ちゃん:「△子ちゃん、泣かしたいわ。絶対泣かしたい!どうやったらええやろ。」
Uちゃん:「ほんならさあ、わざと仲良くなって、いきなり裏切るってどう?」
姫ちゃん:「それええなあ!やってみよか?」
(私、ぞぞ~っ!!)
こんな調子で、朝になってもコイバナは続いていた。コイバナって恐ろしい...
これが年末。毎年恒例になるのだろうか...ちょっと怖い。
そして、一夜明けたら新年に。何も変わらない。
年末から読み始めた本がなかなか面白く、妹にもすすめた。今、妹と私、同時にその本を読んでいる。妹は私が大阪府立図書館から借りてきた方を、私はそれを妹に取られたため、年末に自分で買った方を。
題名は『臨床哲学の知』という。精神科医の木村敏という人の語りで出来ている。父が精神医学に興味を持っていたため、木村敏という人の名前だけは前から知っていた。何か有名な本の訳者として。でも、どういう人かは知らなかった。
この本は、その木村敏という人の考えを、インタビューという形でまとめたものだ。この人の思想の核には、大学時代の合奏体験があるらしい。音楽というものから多くのヒントを得て、人間の精神の成り立ちを考える。それはまさに、私が大学の卒論でやろうとしたことで、あの時に、この人の著作に出会っていれば、もっとマシな卒論が書けただろうに、と思う。でも、この人の他の本は、かなり専門的で難しそうなので、出会ったとしても、どっちみち読めなかっただろう、とも思う。
この本は、本を読むのが苦手な私にも読みやすい。音楽関係の人が読んでも、得るところのある本なのではないかと思う。去年の10月に出たばかり。新聞の書評で知った。いい本に出会えた。
年末30日・31日は、さなぎの友達が来て、さなぎの誕生日会、兼お泊り会。女の子5人、しゃべったり、飲み食いしたり、それはそれはにぎやかだった。輪になってしゃべる姿は、まるでおばちゃん。特に盛り上がっていたのは、「コイバナ(恋話?)」。小学校5年生のコイバナ。聞いてて面白いのなんの。
Uちゃん:「姫ちゃん、もう告ったら?告ったらええやん!」
姫ちゃん:「告るとか、そんなんはイヤやねん。あたしは、あの子に、あたしがあの子のこと好きやって、気づいてほしいだけやねん。」
阿修羅ちゃん:「なあ、ひとつ聞いていい?姫ちゃんはさあ、それ気づいてもらって、どうしたいん?何がやりたいん?」
姫ちゃん:「え、だって両思いになりたいやん。」
阿修羅ちゃん:「でも、両思いになってもならんでも、べつになんにも変わらへんやん。もしかして、あれなん?ちょっと、あんまり言いたくないっていうか、なんかいやなこと言うけど、あれがしたいん?」
(私、ドキドキ...)
阿修羅ちゃん:「あの、つきあい、ってやつ?つきあいたいん?」
(私、ほっ。)
姫ちゃん:「いや、そんなんちゃう!」(興奮ぎみ)
というような会話が延々、夜中の1時過ぎまで続いていた。別室で寝ていた私も、さらに別の部屋で寝ていた私の母や妹も、その間眠れず。ただひとり、さなぎだけは、きっかり10時に就寝、朝みんなが起きるまで熟睡(これ、さなぎの特技)。夜のコイバナに寄れず。
コイバナの中には、背筋の凍るようなのもあった。何でも、姫ちゃんの恋敵をどうやってやっつけるか、という話し合い。
姫ちゃん:「△子ちゃん、泣かしたいわ。絶対泣かしたい!どうやったらええやろ。」
Uちゃん:「ほんならさあ、わざと仲良くなって、いきなり裏切るってどう?」
姫ちゃん:「それええなあ!やってみよか?」
(私、ぞぞ~っ!!)
こんな調子で、朝になってもコイバナは続いていた。コイバナって恐ろしい...
これが年末。毎年恒例になるのだろうか...ちょっと怖い。
そして、一夜明けたら新年に。何も変わらない。
年末から読み始めた本がなかなか面白く、妹にもすすめた。今、妹と私、同時にその本を読んでいる。妹は私が大阪府立図書館から借りてきた方を、私はそれを妹に取られたため、年末に自分で買った方を。
題名は『臨床哲学の知』という。精神科医の木村敏という人の語りで出来ている。父が精神医学に興味を持っていたため、木村敏という人の名前だけは前から知っていた。何か有名な本の訳者として。でも、どういう人かは知らなかった。
この本は、その木村敏という人の考えを、インタビューという形でまとめたものだ。この人の思想の核には、大学時代の合奏体験があるらしい。音楽というものから多くのヒントを得て、人間の精神の成り立ちを考える。それはまさに、私が大学の卒論でやろうとしたことで、あの時に、この人の著作に出会っていれば、もっとマシな卒論が書けただろうに、と思う。でも、この人の他の本は、かなり専門的で難しそうなので、出会ったとしても、どっちみち読めなかっただろう、とも思う。
この本は、本を読むのが苦手な私にも読みやすい。音楽関係の人が読んでも、得るところのある本なのではないかと思う。去年の10月に出たばかり。新聞の書評で知った。いい本に出会えた。
11月 29, 2008
嵐の夜に
今日は、さなぎが友達の家に泊まりに行っていて留守。「お泊り会」というらしい。友達4人で、持ってくるもの、やること、どんな順番にお風呂に入り、誰がどこで寝るか、すべて事前に打ち合わせして、プログラムのようなものを作って、今日に臨んだ。ちょっと風邪気味で咳が出ていたが、絶対行くといって聞かないので、向こうのお宅の迷惑になるかもと思いつつも、行かせてしまった。
いつも居るにぎやかな人がいないと、家はひっそり、孤独を感じる。そとは、まるで台風のような強風が吹いていて、なんとなく寒々... でも、この孤独感を増幅させるような嵐の音が、「お泊り会」の子どもたちには興奮を倍増させる「お囃子」になるのだろう。きっと盛り上がっているにちがいない。
チビさんも居ないし、誰か呼ぶなり、電話するなりして、旧交を温めようかとも思ったが、さなぎに風邪をうつされて、体調も優れないため、ひとり静かに過ごすことにした。
嵐の音を聞きながら、ゆっくりお風呂に入ると、過去に出会った色々な人たちのことが思い出される。生きている人もいれば、亡くなった人もいる。ただ、面白いのは、そのときに思い出すことは、ごくごく小さなこと。たとえば食器の扱い方や、お酒の注ぎ方、熱した油にスパイスを入れるときの手つき、などなど。そういうものが、案外その人を思い出すときの、大切な手がかりになる。大事な思い出の核をなす。
長い間、葛根湯というものは溶けないと思っていた。だから、いつも葛根湯の粉末は、まるで粉薬を飲むように飲み下していた。あるとき、ある人が、葛根湯は根気よく溶かせば、お湯にちゃんと溶けることを教えてくれた。こういう小さなことが、その人を思い出すときに、大事な鍵になる。その人の人柄と、葛根湯がゆっくりお湯に溶けていくさまが重なって、ひとつの優しいイメージとなる。
その人のことを思いつつ、お湯に溶かした葛根湯を飲んで、早めに寝よう。
いつも居るにぎやかな人がいないと、家はひっそり、孤独を感じる。そとは、まるで台風のような強風が吹いていて、なんとなく寒々... でも、この孤独感を増幅させるような嵐の音が、「お泊り会」の子どもたちには興奮を倍増させる「お囃子」になるのだろう。きっと盛り上がっているにちがいない。
チビさんも居ないし、誰か呼ぶなり、電話するなりして、旧交を温めようかとも思ったが、さなぎに風邪をうつされて、体調も優れないため、ひとり静かに過ごすことにした。
嵐の音を聞きながら、ゆっくりお風呂に入ると、過去に出会った色々な人たちのことが思い出される。生きている人もいれば、亡くなった人もいる。ただ、面白いのは、そのときに思い出すことは、ごくごく小さなこと。たとえば食器の扱い方や、お酒の注ぎ方、熱した油にスパイスを入れるときの手つき、などなど。そういうものが、案外その人を思い出すときの、大切な手がかりになる。大事な思い出の核をなす。
長い間、葛根湯というものは溶けないと思っていた。だから、いつも葛根湯の粉末は、まるで粉薬を飲むように飲み下していた。あるとき、ある人が、葛根湯は根気よく溶かせば、お湯にちゃんと溶けることを教えてくれた。こういう小さなことが、その人を思い出すときに、大事な鍵になる。その人の人柄と、葛根湯がゆっくりお湯に溶けていくさまが重なって、ひとつの優しいイメージとなる。
その人のことを思いつつ、お湯に溶かした葛根湯を飲んで、早めに寝よう。
11月 18, 2008
不老不死の薬?
さなぎも、私も、いっぺんで気に入った飲み物。キリンの「マセドニアグレープ」。でも、もう製造・出荷が終わったらしく、お店であまり見かけなくなった。そこで、自分たちで作ってしまうことにした!
http://www.beverage.co.jp/company/news/page/news2008052102.html
週末、材料を買いそろえ、つけ込んだ。
香辛料: シナモン・クローブ・アニス
果物: りんご、パイナップル・みかん・レモン
甘味: 砂糖・はちみつ
これらを、赤ワイン(メルシャンの一番安いやつ)につけ込み、煮る。ひたすら煮込んで、アルコール分をとばして出来上がり。あまりに濃い味なので、果汁100%のグレープジュースと、オレンジジュースでうすめる。
こうして、怪しい飲み物が出来上がった。少し濁りのある赤紫色。ちょうど魔女が作る危ない薬みたいな色。味はなかなか上出来。「マセドニアグレープ」そっくりに出来上がった。ちょっと、こってり気味かな。この妖しい液体を、空いたペットボトル数本に入れて完成。冷蔵庫に。
夜、いきなり、さなぎが大声で叫ぶ。
「指をくわえて見ているがいいわ、私が不老不死になる瞬間をね!ふぁーっはっはっは」
何かと思えば、この怪しい液体を飲む際の前口上(笑)。こう、高らかに叫んでからじゃないと飲んではいけないらしい。「かーちゃんもやで!言うてから飲み!」と言われた。なんで私まで言わなあかんねん!(笑)
ま、とにかく出来た。不老不死はともかく、なんか風邪の予防になりそうな味。
http://www.beverage.co.jp/company/news/page/news2008052102.html
週末、材料を買いそろえ、つけ込んだ。
香辛料: シナモン・クローブ・アニス
果物: りんご、パイナップル・みかん・レモン
甘味: 砂糖・はちみつ
これらを、赤ワイン(メルシャンの一番安いやつ)につけ込み、煮る。ひたすら煮込んで、アルコール分をとばして出来上がり。あまりに濃い味なので、果汁100%のグレープジュースと、オレンジジュースでうすめる。
こうして、怪しい飲み物が出来上がった。少し濁りのある赤紫色。ちょうど魔女が作る危ない薬みたいな色。味はなかなか上出来。「マセドニアグレープ」そっくりに出来上がった。ちょっと、こってり気味かな。この妖しい液体を、空いたペットボトル数本に入れて完成。冷蔵庫に。
夜、いきなり、さなぎが大声で叫ぶ。
「指をくわえて見ているがいいわ、私が不老不死になる瞬間をね!ふぁーっはっはっは」
何かと思えば、この怪しい液体を飲む際の前口上(笑)。こう、高らかに叫んでからじゃないと飲んではいけないらしい。「かーちゃんもやで!言うてから飲み!」と言われた。なんで私まで言わなあかんねん!(笑)
ま、とにかく出来た。不老不死はともかく、なんか風邪の予防になりそうな味。
11月 09, 2008
ふるさとの香り?
サナギはユニクロのフリースジャケットを愛用している。青緑色。いつもいつもそれを着ているため、その上着にはすっかりサナギの匂いが染みついている。
ある時、サナギの友達が言ったそうだ。
「あ、○○ちゃんの上着、なんか、ふるさとの香りや」
すると、他の子も匂ってみて、
「あ、ほんまや!ふるさとの香りや。おばあちゃんちの匂いがする。」
と言ったらしい。「ふるさとの香り」って??
暗に「臭い」と言われてるんじゃなければいいけど...
その「ふるさと臭」を維持するため、サナギは上着を洗わせてくれない。
ある時、サナギの友達が言ったそうだ。
「あ、○○ちゃんの上着、なんか、ふるさとの香りや」
すると、他の子も匂ってみて、
「あ、ほんまや!ふるさとの香りや。おばあちゃんちの匂いがする。」
と言ったらしい。「ふるさとの香り」って??
暗に「臭い」と言われてるんじゃなければいいけど...
その「ふるさと臭」を維持するため、サナギは上着を洗わせてくれない。
宮島&ライトアップ反対
祖母のお骨をお墓に納めるため、広島に行ってきた。ちょっとだけ宮島にも。鹿がい~っぱい!世界遺産に登録されたせいか、厳島神社は人でいっぱいなので、神社には行かず、ただ鹿とたわむれて、広島風お好み焼きを食べるだけにした。

「日本三景碑」の前でポーズを取るオス鹿。特等席なのだろうか、ここを去ろうとしない。角は切られているものの、立派なボスの貫禄だ。

サナギが撫でているのは、可愛いメス鹿。鹿の姿というのは、なんて愛らしいんだろう!完成された美しさがある。
サナギたちが鹿に気を取られている間に、ひとりで入った宮島の山道で、紅葉したクサギを見つけた。蝶々捕りをしていた子どもの頃、すごく身近だった木だ。夏、この木の花に大型の黒いアゲハ蝶がよく集まる。この木の側で待っていれば、そういう「高級そうな」黒い蝶がいくらでも捕れた。あのなつかしいクサギが、秋になると、こんな艶やかな姿を見せるとは全然知らなかった。実も何とも可愛らしい!
「日本三景碑」の前でポーズを取るオス鹿。特等席なのだろうか、ここを去ろうとしない。角は切られているものの、立派なボスの貫禄だ。
サナギが撫でているのは、可愛いメス鹿。鹿の姿というのは、なんて愛らしいんだろう!完成された美しさがある。
最近ちょっと気になるのは、桜や紅葉の「夜間ライトアップ」という行為。あれはどうかと思う。それなりに綺麗なのかもしれないけど、自然の事物は、自然光で照らされたときにこそ美しい。
人工では絶対に不可能な色を、自然の光は見せてくれる。色は常に光や湿度など、様々な自然条件に左右されるので、早朝や夕刻時など、うまく条件が揃ったときに、ほんの一瞬だけ植物が見せてくれる色は、本当に「有り難い」色であり、それを見ただけで、得も言われぬ幸福感に満たされる、そんな色なのだ。その天からの贈りものに触れずに、夜間ライトアップの色だけを見るならば、色というものの持つ凄さ、有り難さを知らずに終わってしまうと思う。
それ以上に、植物にとって有害なのではないだろうか、という気もする。私は電気が点いていると絶対に眠れない。植物にも、私のような神経質なのがいるかもしれない。明るくされると眠れない。不眠症の植物が、きれいな色を出せるわけがない。昼間もしょんぼりしてしまうのではないだろうか。心配になってしまう。夜型になった人間の暮らしを、植物にまで押しつけなくても...
夜、しっかり眠って、朝日で目覚める山の木々の色こそが、本当の秋の色だと思う。
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