悔しい。今年はもうイカナゴの釘煮ができない。せっかく張り切っていたのに。妹にも教えてやろうと思っていたのに。
自家用に少しだけ釘煮を作ったその明くる日、目と鼻の先で、貨物船とタンカーが衝突。沈没した貨物船から重油が流れ出し、いま何十キロにわたって広がっている。それをスクリューで散らしているところなのだそうだ。散らしても無くならない。
解禁されたばかりのイカナゴ漁。この辺の漁師さんたちにとって、この時期は一番の稼ぎ時であり、この辺のおばちゃんたちにとっては、この時期、長年磨いた腕の見せどころ。全国の親戚縁者に向けてイカナゴの佃煮を発送する大切な行事なのである。どの家からもイカナゴを炊く匂いが流れてきて、バスに乗れば、今年は30キロ炊いただの、私は体調が悪いから10キロしか炊かなかっただの、今年の新子(イカナゴの稚魚)のできはいいだの、わるいだの... 今年はクルミを入れてみた、私はレモンを入れてみた、いや、胡麻を入れても美味しいよ、なんて話しに花が咲きまくり、地域が一斉に活気づくはずの時期なのだ。
それが、今年は流れ出した重油のせいで、漁を自粛せざるをえず、店頭に並ぶのは鮮度の落ちる大阪湾産のみ。垂水・明石のものは今年はもう無理なのだそうだ。しかも、油はすでに大阪湾にも達しているという。漁師さんたちの生活の糧が、おばちゃんたちの生き甲斐が、無残に奪われてしまった。イカナゴだけじゃない。このあたりの名産の海苔の養殖も、鳴門ワカメも、明石鯛も明石のタコも、みんな駄目になってしまう。そして、再び海がきれいになるのに一体何年かかるだろう。
ちょうど、水俣の不知火海の水銀汚染の話を読んでいたところである。もちろん内容も規模も深刻さもぜんぜん違う。でも、共通するのは、とりかえしがつかないということ。いくら金銭で補償してもらっても、海は元に戻らない。漁民たちにとって、大切なのは自分の体や収入だけではない。彼らの人生と一体になった海。彼らの存在の母体としての海そのものなのだ。それを汚されては生きていけない。
石牟礼道子さんは、海はあらゆる生命を生み、育む、母親の羊水のようなものだという。海水汚染は、母胎に毒を垂れ流すことを意味するのだ。
とにかく、とりかえしがつかない。
この事故、ニュースではどうして3艘が絡んだ衝突が起きたのかという原因を究明しているような話はありましたが、海がそんなひどいことになっているなんて知りませんでした。そうか、今年もイカナゴは食べられないのか...
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