祖母が旅立った4日後、中さんのところに新しい命が誕生した。これだから、悲しいことがあっても、耐えられる。別れがあっても、また出会いがある。世の中うまい具合に出来ていると思う。
中さん、ご出産おめでとうございます!
まずは、とにかく無事お生まれになって、何よりですね。母子ともにお疲れさまでした。鼻筋の通った美しい娘さん。日々どんどん成長していくのが、これから本当に楽しみですね!
9月 27, 2008
裏庭にはにわ
嬉しいことに、私たちの学年が卒業記念に制作した「埴輪」がまだいくつか壊れずに残っている。私の班が作ったのはこの猿の埴輪。たぶん、「見ざる、言わざる、聞かざる」のうちの、「言わざる」。もうすっかり苔生しているが、20年近く経った今でも無事、裏庭に立っているというのが、いつ見ても嬉しい。小学生の頃の自分が、まだそこに居るようで。
アゲハチョウがやってきたので、思わずパチリ。
でも、このあと、彼岸花は無惨に手折られ、地面に散乱していた。彼岸花の汁には、弱い毒があるらしい。今夜、手がかぶれている子が花荒らしの犯人だ!
9月 24, 2008
9月 17, 2008
9月 15, 2008
忙しいお月見
まだ暑い日もあるけど、季節は確実に変わっていっている。
大阪の御堂筋沿いのイチョウの木には、もう黄色い銀杏の実がたわわに実っているし、家の近所では萩も咲いている。田舎に行けば、きっと彼岸花が赤く色づき始めているだろうと思う。夜に聞こえてくる虫の合唱は、もうメンバーがすっかり秋の歌い手に変わっているし、タマジも前足を身体の下に折りたたんで「香箱を作る」ようになった。これだけ証拠が揃ったら、もう秋だ。
昨夜は中秋の名月。ベランダで、みんなで拝んだ。みんなというのは、母、サナギ、私、それから、タマジ、カメちゃん。お供えは塩で味をつけただけの月見だんご。ススキが無かったから、ベランダに植えた猫草が成長しすぎたもの(ちょっとススキに似た穂が出ている)で代用。あとは、里芋の入った団子汁。白味噌仕立て。
肝心のお月さんは、薄い雲がかかっていて、何だか鈍い色の顔料で空にささっと描いたような、あるいは、「お月さんのシール」を空に貼りつけたような、立体感の乏しい、冷めた満月だった。
それとは対照的に、ベランダでは、タマジとカメちゃんが大はしゃぎ。
カメちゃんは、最近、気が向いたら自分で水槽から出てきて、好きなときにまた水槽に帰るようになっている。出るときは、出るというより落ちる感じ。「ゴツン!」という鈍い音が聞こえたら、カメちゃんが水槽から出た合図。帰るときは、水槽に立てかけた水槽の蓋を、梯子のように登って行って、水槽の中に「ぽちゃん」と落ちる。なかなか頭のいい子だと、最近ちょっと見直している。
珍しく、人間が全員ベランダに出て、しかも食事なんかしているので、カメちゃんは水槽から出てくるし、タマジも調子に乗って、ベランダを走り回る。そのうちタマジはヤモリを見つけて追いかけ始め、カメちゃんと、タマジに追われて逃げ回るヤモリが、猛スピードでベランダを這い回る。暗くてよく見えないため、人間組は、それらを踏まないようにするので必死。何だか忙しい夕食になった。
月は、その後、雲を抜けて、ほんのひととき煌々と輝き(ちょっといつもより赤いような気がした)、その後また雲のベールを纏って冷静に登っていった。
朝、起きてみると、ベランダには蟻の黒だかり。昨夜のヤモちゃんだ。かわいそうに。でもこれ、数日間そのままにしておくと、蟻が撤退した後、ヤモちゃんは綺麗に白骨になっている。いつも感心するのだが、蟻ってすごい。
お彼岸まであと少し。
大阪の御堂筋沿いのイチョウの木には、もう黄色い銀杏の実がたわわに実っているし、家の近所では萩も咲いている。田舎に行けば、きっと彼岸花が赤く色づき始めているだろうと思う。夜に聞こえてくる虫の合唱は、もうメンバーがすっかり秋の歌い手に変わっているし、タマジも前足を身体の下に折りたたんで「香箱を作る」ようになった。これだけ証拠が揃ったら、もう秋だ。
昨夜は中秋の名月。ベランダで、みんなで拝んだ。みんなというのは、母、サナギ、私、それから、タマジ、カメちゃん。お供えは塩で味をつけただけの月見だんご。ススキが無かったから、ベランダに植えた猫草が成長しすぎたもの(ちょっとススキに似た穂が出ている)で代用。あとは、里芋の入った団子汁。白味噌仕立て。
肝心のお月さんは、薄い雲がかかっていて、何だか鈍い色の顔料で空にささっと描いたような、あるいは、「お月さんのシール」を空に貼りつけたような、立体感の乏しい、冷めた満月だった。
それとは対照的に、ベランダでは、タマジとカメちゃんが大はしゃぎ。
カメちゃんは、最近、気が向いたら自分で水槽から出てきて、好きなときにまた水槽に帰るようになっている。出るときは、出るというより落ちる感じ。「ゴツン!」という鈍い音が聞こえたら、カメちゃんが水槽から出た合図。帰るときは、水槽に立てかけた水槽の蓋を、梯子のように登って行って、水槽の中に「ぽちゃん」と落ちる。なかなか頭のいい子だと、最近ちょっと見直している。
珍しく、人間が全員ベランダに出て、しかも食事なんかしているので、カメちゃんは水槽から出てくるし、タマジも調子に乗って、ベランダを走り回る。そのうちタマジはヤモリを見つけて追いかけ始め、カメちゃんと、タマジに追われて逃げ回るヤモリが、猛スピードでベランダを這い回る。暗くてよく見えないため、人間組は、それらを踏まないようにするので必死。何だか忙しい夕食になった。
月は、その後、雲を抜けて、ほんのひととき煌々と輝き(ちょっといつもより赤いような気がした)、その後また雲のベールを纏って冷静に登っていった。
朝、起きてみると、ベランダには蟻の黒だかり。昨夜のヤモちゃんだ。かわいそうに。でもこれ、数日間そのままにしておくと、蟻が撤退した後、ヤモちゃんは綺麗に白骨になっている。いつも感心するのだが、蟻ってすごい。
お彼岸まであと少し。
9月 01, 2008
ラッキョウタイプ??
それによると、タマジの肉球は典型的な「ラッキョウ」タイプ。全体が暗い小豆色。このタイプの子の性格は「犬みたい」なんだそうだ。 とても素直で、遊び好き。おもちゃをくわえて持ってきて、「遊ぼ」と誘ってきたり、言われたことに素直に従ったり。たしかに、ちょっと当たってるかも。
いちおう多数の事例を元に、「研究」した結果なのだそうなので、統計的に、ある程度いえるのかもしれない、なんて、私まで納得してしまったりして。さなぎはもちろん大喜び。
他にも色んな肉球が載っていて、知ってる猫ちゃんの肉球を調査して、あてはめてみると、なかなか面白い。相性まで載っている。タマジの場合、たくあんタイプ(肉球が黒とピンクのまだら)の子と相性がいいらしい。たくあんの子は、自分がボスだと主張したがり、タマジのタイプは素直なので、すぐに従うからだそうだ。
肉球マニアというのがいるらしい。たしかに、猫の中でも、特に魅惑的な部分かもしれない。猫の身体の中で、唯一「汗をかく」部分でもある。
この本、ただいま職場の同僚のところを巡回中。
8月 24, 2008
淡路島
ようやく2日間の夏休みをもらった。そのうちの1日を使って淡路島へ。天気も良く、涼しい1日だった。行き先は、言わずと知れた馬牧場。妹が、さなぎを外乗(馬に乗って、牧場の外に出ること。森の中や海岸を馬で歩いたり走ったりする)に連れて行ってくれるというので、みんなで行ってきた。
さっそく馬を走らせる妹とサナギ。このあと、インストラクターに付き添われて、外乗に出かけた。
下は、フレンチブルドッグのドンちゃん。
そして、右は、
クッキーくんの妹の、トテちゃん。この子、サナギたちの外乗にずーっとついてきた(というか、この子が先導してくれた)らしい。2時間もかかる、かなりの遠出だったのに。ごくろうさん。
途中で寄ったソフトクリームやさんの看板犬。名前は知らない。西瓜の看板の横で寝そべる姿が、なかなか絵になっていた。
8月 18, 2008
8月 17, 2008
猫
お盆も終わり、なんとなく秋の気配も感じられるようになってきた。日は確実に短くなっている。朝4時ごろから明るかったのが、最近は4時では、まだ真っ暗。夜など、ときおり秋風のような涼しい風が吹く。なんとなく惜しいような、ほっとしたような、複雑な気持ち。
今年は自治会の役員に当たってしまい、2ヶ月に1回、会議に出なければならない。今日も行ってきた。
そこで、必ず話題にあがるのが「猫の糞害」。野良猫が、公園や、自分の家の庭で糞をして困るというもの。そこで、猫を飼っている人は猫を外に出さないように、そして、野良猫には餌をやらないようにするしかない、というようなことが言われ、公園にはそのような主旨のポスターが貼られる。
でも、本当にそんな解決法でいいのだろうか?「猫」の問題は、もっと多くの問題を含んでいるように思う。そもそも、猫は土のあるところでしか用を足せない。そして、住宅街で土のある場所といえば、公園か、人家の庭しかないのである。そのことこそが問題なのではないだろうか。猫も住めないような環境に、人間が住めるだろうか。
といっても、じゃあどう解決するのか、というと何も策が浮かばない。ただ、もうこれ以上アスファルトで地面を覆うのはやめてほしい。温暖化の原因になるし、雨が降れば洪水の原因にもなるし、夏場は熱したフライパンのようになって、犬も散歩できない。車のためには良いのかもしれないけど、それ以外には悪いことだらけ。人間は車のために生きているわけじゃない。
先日、真夏の真っ昼間に、アスファルトの道と、草地の道を歩き比べてみた。アスファルトの上は靴の上からでも火傷しそうな、めらめらした感じだった。下から火気がのぼってくる感じ。一方、草地の上は、下からのぼってくる「めらめら」が一切ない。暑いのは暑いが、それは太陽から降り注ぐ暑さだけ。下から熱せられていない分、十分に耐えうる暑さなのだった。同じ場所の、ほんの数メートル離れただけの2種類の地面。体感温度にして、優に5~6度は違うと思った。
猫を減らすのではなく、草地を増やしたらどうだろうか。猫は、現代の都市の抱える問題について考えるきっかけを与えてくれる貴重な存在なのかもしれない。
がんばれ猫!
今年は自治会の役員に当たってしまい、2ヶ月に1回、会議に出なければならない。今日も行ってきた。
そこで、必ず話題にあがるのが「猫の糞害」。野良猫が、公園や、自分の家の庭で糞をして困るというもの。そこで、猫を飼っている人は猫を外に出さないように、そして、野良猫には餌をやらないようにするしかない、というようなことが言われ、公園にはそのような主旨のポスターが貼られる。
でも、本当にそんな解決法でいいのだろうか?「猫」の問題は、もっと多くの問題を含んでいるように思う。そもそも、猫は土のあるところでしか用を足せない。そして、住宅街で土のある場所といえば、公園か、人家の庭しかないのである。そのことこそが問題なのではないだろうか。猫も住めないような環境に、人間が住めるだろうか。
といっても、じゃあどう解決するのか、というと何も策が浮かばない。ただ、もうこれ以上アスファルトで地面を覆うのはやめてほしい。温暖化の原因になるし、雨が降れば洪水の原因にもなるし、夏場は熱したフライパンのようになって、犬も散歩できない。車のためには良いのかもしれないけど、それ以外には悪いことだらけ。人間は車のために生きているわけじゃない。
先日、真夏の真っ昼間に、アスファルトの道と、草地の道を歩き比べてみた。アスファルトの上は靴の上からでも火傷しそうな、めらめらした感じだった。下から火気がのぼってくる感じ。一方、草地の上は、下からのぼってくる「めらめら」が一切ない。暑いのは暑いが、それは太陽から降り注ぐ暑さだけ。下から熱せられていない分、十分に耐えうる暑さなのだった。同じ場所の、ほんの数メートル離れただけの2種類の地面。体感温度にして、優に5~6度は違うと思った。
猫を減らすのではなく、草地を増やしたらどうだろうか。猫は、現代の都市の抱える問題について考えるきっかけを与えてくれる貴重な存在なのかもしれない。
がんばれ猫!
7月 20, 2008
「かっこええ」?
梅雨が明けて、毎日猛暑。職場では、毎年恒例のエアコンバトルが勃発している。設定温度を低くしたい男性と、高くしたい私。もうかなり関係が悪化している。毎年のことで、本当に嫌になる。その男性、あくまでスーツ&ネクタイにこだわる人なのだ。所長はとっくに半そでシャツで出勤しているというのに。
ま、その話はともかく、昨日ちょっと面白かったこと。
さなぎ(元青虫)は、いま大の「週刊ジャンプ」ファン。毎週月曜日、何とかお金を工面して、近くのコンビニにジャンプを買いにいく。でも、月曜日が祝日のときは、土曜日に発売されるらしく、昨日が発売日だった。一緒に出かける用事があったので、その行きしに買うことになった。
「駅前の本屋で買う?」と私。
さなぎは、「いや、本屋じゃなくて、駅の売店で買うわ。だって、売店のおばちゃんって、かっこええもん」
「?」(駅の売店のおばちゃん、かっこええかな...?)
で、その売店に到着。さなぎは、すかさずお金の方を先に渡した(あまり買い物に慣れてない)。ずり落ちそうなカツラを安っぽいヘヤピンでバシバシに留めた、その厚化粧のおばちゃんは、困る様子もなく、「なに買うのん?」 さなぎが、「ジャンプ」と答えると、おばちゃんは、
おばちゃん:「ああ、ジャンプね。250円...ほな、おうてる(合ってる)わ。今週10円高いでしょ。」
さなぎ:「40周年記念号やから。」
おばちゃん:「うわー、もう40年になるのん。すごいなあ。ずっと読んでるのん?」
さなぎ:「今年になってからはずっと読んでる」
おばちゃん:「ほんまぁ」 (と、満面の笑み)
売店を離れてから、さなぎが私に言った。「ほらな、かっこええやろ?」
なんだか可笑しかった。「かっこええ」というのは、そういう意味だったのだ。つまり、余裕があるというか、話し上手というか、つまり、相手をリラックスさせて、安心して買い物させる技術(?)を持っているということなのかもしれない。買い物慣れしていない子どもでも、緊張せずにお金が払えるのだ。
そういえば、梅佳代という写真家の写真集に、「人生経験」というタイトルの写真があって、それは駅の売店のおばちゃんの写真だ。所狭しと並んだ雑誌やガムなどの商品の奥で、満面の笑みをたたえた厚化粧のおばちゃん。この写真集は傑作だ。(『うめ版 新明解国語辞典』三省堂)
ま、その話はともかく、昨日ちょっと面白かったこと。
さなぎ(元青虫)は、いま大の「週刊ジャンプ」ファン。毎週月曜日、何とかお金を工面して、近くのコンビニにジャンプを買いにいく。でも、月曜日が祝日のときは、土曜日に発売されるらしく、昨日が発売日だった。一緒に出かける用事があったので、その行きしに買うことになった。
「駅前の本屋で買う?」と私。
さなぎは、「いや、本屋じゃなくて、駅の売店で買うわ。だって、売店のおばちゃんって、かっこええもん」
「?」(駅の売店のおばちゃん、かっこええかな...?)
で、その売店に到着。さなぎは、すかさずお金の方を先に渡した(あまり買い物に慣れてない)。ずり落ちそうなカツラを安っぽいヘヤピンでバシバシに留めた、その厚化粧のおばちゃんは、困る様子もなく、「なに買うのん?」 さなぎが、「ジャンプ」と答えると、おばちゃんは、
おばちゃん:「ああ、ジャンプね。250円...ほな、おうてる(合ってる)わ。今週10円高いでしょ。」
さなぎ:「40周年記念号やから。」
おばちゃん:「うわー、もう40年になるのん。すごいなあ。ずっと読んでるのん?」
さなぎ:「今年になってからはずっと読んでる」
おばちゃん:「ほんまぁ」 (と、満面の笑み)
売店を離れてから、さなぎが私に言った。「ほらな、かっこええやろ?」
なんだか可笑しかった。「かっこええ」というのは、そういう意味だったのだ。つまり、余裕があるというか、話し上手というか、つまり、相手をリラックスさせて、安心して買い物させる技術(?)を持っているということなのかもしれない。買い物慣れしていない子どもでも、緊張せずにお金が払えるのだ。
そういえば、梅佳代という写真家の写真集に、「人生経験」というタイトルの写真があって、それは駅の売店のおばちゃんの写真だ。所狭しと並んだ雑誌やガムなどの商品の奥で、満面の笑みをたたえた厚化粧のおばちゃん。この写真集は傑作だ。(『うめ版 新明解国語辞典』三省堂)
7月 07, 2008
七夕&タマジの誕生日
6月 21, 2008
リスク
小学生が屋上の天窓を突き破って落下し、死亡した事故で、亡くなった子供さんは本当に気の毒で、 彼自身に責任があったと問うつもりはないけれど、「学校の安全管理に問題がなかったかが問われている」と聞いて、私とサナギが同時に言ったこと、それは、「そういう問題ちゃうやろ!」ということ。
半ば怒りながら、サナギ曰く、「そんなとこまで先生に注意してもらうなんか、それってかなりの幼稚扱いやん。なんか小学生、えらいバカにされとうやん!」 あたかも、小学生が自分で自分の身を守れない存在であるかのような報道のされ方に、サナギは憤りを感じたらしい。
今回の事件をきっかけに、前から思っていたことが、再び私の心に浮上してきたので、ちょっと書いてみる。
サナギがまだほんの小さな青虫だった頃、よく他の家の子と一緒に公園などで遊ばせていた。そのとき、いつも感じていたことがある。母親に色んなタイプがあって、大まかに分けると次の2種類になる。
① 子どもが少々危険なことをしていても動じないタイプ。むしろ積極的に冒険させようとするタイプ。
② 子どもに迫る危険を未然に取り除き、絶対に危険にさらすまいとするタイプ
②のタイプの人は、ずっと子どもについてまわり、前に障害物があると取り除くし、危ないことをしようとすると、その度に子どもを叱る。普段の生活でも、危ないことは絶対にさせない。ハサミや刃物など絶対に使わせない。危ない場所には登らせない。汚いものも触らせない。
そして、気づいたのは、②のタイプのお母さんの方が圧倒的に多いということである。生まれてから一度もカッターナイフを使ったことがないという小学生が多いのもうなずける。私はといえば、言うまでもなく①のタイプ。だから、他のお母さんとの付き合いが、ちょっとしんどかった。みんなの前では、青虫を保護(するふり)して、青虫とふたりきりのときだけ危険を冒させるという、「使い分け」をしなければならなかった。
私は、子どもは小さい頃に、命にかかわらない程度の、色んな危険を冒した方がいいと思う。小さい時は親がそばについていてやれる。そして、まだ力が弱いため、もし針や刃物を使って傷を負ったとしても、その傷が小さくてすむ。体も柔らかいため、体に衝撃を受けても、回復も早く、損傷も小さい。その間に、外界とあらゆる仕方で接触しておかねばならないと思う。そうやって、危険に対する「免疫」をつけるのだ。そうやってこそ、薄いものの上に乗ると破れることや、刃物で切れば血が出て痛いこと、どの程度の高さから飛び降りれば、どの程度痛いか、などということを体で知ることができる。
これらの危険を習得するのは、大きくなってからでは遅いのだ。大きくなってからでは、本当に「命がけ」になってしまう。
もうひとつの問題は、家で危ないことを禁じると、親の見ていないところで危険を冒すようになること。子どもにとって、危険を冒すことは、成長に不可欠な、いわば必須のことなのだ。家で禁じても、結局は健気にどこか他の場所でやり通す。それが幼稚園だったり、保育所だったり、学校だったりするわけだ。それを捕まえて、親が学校に責任を問うのは、的はずれだと思うが、どうだろうか。
河合隼雄さんの『ココロの止まり木』という本の中に、「リスク」という章がある。そこに書かれているのは、「日本にはあえてリスクをとる行為をする人が少ないのではないか」ということ。何しろ、日本語には「リスク」に当たる言葉がないらしい。リスクとは、避けるものとしての危険という意味ではなく、意図的にとられる(take)ものとしての危険なのだそうだ。たしかに、この国にいて、リスキーな生き方をするのは、かなりの勇気と、強い意志の要ることだと思う。
この度の事件や、その他の不幸な事故の影響で、ますます学校が萎縮し、「危険な」活動が縮小され、野外活動や、理科の実験などが消えていくのだとしたら、それこそ、子ども達にとって、計り知れない損失だと思うのだけれど...
半ば怒りながら、サナギ曰く、「そんなとこまで先生に注意してもらうなんか、それってかなりの幼稚扱いやん。なんか小学生、えらいバカにされとうやん!」 あたかも、小学生が自分で自分の身を守れない存在であるかのような報道のされ方に、サナギは憤りを感じたらしい。
今回の事件をきっかけに、前から思っていたことが、再び私の心に浮上してきたので、ちょっと書いてみる。
サナギがまだほんの小さな青虫だった頃、よく他の家の子と一緒に公園などで遊ばせていた。そのとき、いつも感じていたことがある。母親に色んなタイプがあって、大まかに分けると次の2種類になる。
① 子どもが少々危険なことをしていても動じないタイプ。むしろ積極的に冒険させようとするタイプ。
② 子どもに迫る危険を未然に取り除き、絶対に危険にさらすまいとするタイプ
②のタイプの人は、ずっと子どもについてまわり、前に障害物があると取り除くし、危ないことをしようとすると、その度に子どもを叱る。普段の生活でも、危ないことは絶対にさせない。ハサミや刃物など絶対に使わせない。危ない場所には登らせない。汚いものも触らせない。
そして、気づいたのは、②のタイプのお母さんの方が圧倒的に多いということである。生まれてから一度もカッターナイフを使ったことがないという小学生が多いのもうなずける。私はといえば、言うまでもなく①のタイプ。だから、他のお母さんとの付き合いが、ちょっとしんどかった。みんなの前では、青虫を保護(するふり)して、青虫とふたりきりのときだけ危険を冒させるという、「使い分け」をしなければならなかった。
私は、子どもは小さい頃に、命にかかわらない程度の、色んな危険を冒した方がいいと思う。小さい時は親がそばについていてやれる。そして、まだ力が弱いため、もし針や刃物を使って傷を負ったとしても、その傷が小さくてすむ。体も柔らかいため、体に衝撃を受けても、回復も早く、損傷も小さい。その間に、外界とあらゆる仕方で接触しておかねばならないと思う。そうやって、危険に対する「免疫」をつけるのだ。そうやってこそ、薄いものの上に乗ると破れることや、刃物で切れば血が出て痛いこと、どの程度の高さから飛び降りれば、どの程度痛いか、などということを体で知ることができる。
これらの危険を習得するのは、大きくなってからでは遅いのだ。大きくなってからでは、本当に「命がけ」になってしまう。
もうひとつの問題は、家で危ないことを禁じると、親の見ていないところで危険を冒すようになること。子どもにとって、危険を冒すことは、成長に不可欠な、いわば必須のことなのだ。家で禁じても、結局は健気にどこか他の場所でやり通す。それが幼稚園だったり、保育所だったり、学校だったりするわけだ。それを捕まえて、親が学校に責任を問うのは、的はずれだと思うが、どうだろうか。
河合隼雄さんの『ココロの止まり木』という本の中に、「リスク」という章がある。そこに書かれているのは、「日本にはあえてリスクをとる行為をする人が少ないのではないか」ということ。何しろ、日本語には「リスク」に当たる言葉がないらしい。リスクとは、避けるものとしての危険という意味ではなく、意図的にとられる(take)ものとしての危険なのだそうだ。たしかに、この国にいて、リスキーな生き方をするのは、かなりの勇気と、強い意志の要ることだと思う。
この度の事件や、その他の不幸な事故の影響で、ますます学校が萎縮し、「危険な」活動が縮小され、野外活動や、理科の実験などが消えていくのだとしたら、それこそ、子ども達にとって、計り知れない損失だと思うのだけれど...
6月 20, 2008
6月 15, 2008
カメちゃん性別判明!
ようやく判った!カメちゃんの性別が。昨日、尻尾の途中あたりから、黒っぽい突起物がにょっきり出ているのを見てしまった。オスだったのだ!
カメの性別は、かなり成長するまで見分けられないというのは、色んなところに書いてあったので知っていたが、見分け方に、この突起物のことは書いてなかった。たいていは、「オスの方が爪が長い」とか、「オスの方が顔つきがキツイ」とか、そういう曖昧なものだった。でも、私は昨日、決定的なものを見てしまったのだ!これが一番確実だろうと思う。(ほんとかな?もしや、あれは排卵管??)
最近よくカメちゃんを水槽から出して、ベランダを自由に歩かせている。タマジが番をしてくれる。番といっても、常に傍に付き添って眺めるだけ。カメちゃんがひっくり返って、もがいていても、眺めるだけ。昨日も昼間ずっと散歩させていた。そして、水槽に戻したとたん、ニョッキリと例のモノを出したのだ。
カメの水槽は、だいたい1週間に1回洗うことにしている。本当はもっと頻繁にやるべきなのだろうが、私にはこれが限界。べつにカメが好きというわけじゃない、というか、そもそも爬虫類は嫌い。だから、一種の「修行」(何の修行や!?)と思ってやっている。未だに、気持ち悪すぎて正視できない。なるべくご本尊は見ないようにして、仏具だけ心をこめて洗うという感じ。
性別もわかったことだし、そろそろ本格的に名前をつけるかな... 何にしよう?
カメの性別は、かなり成長するまで見分けられないというのは、色んなところに書いてあったので知っていたが、見分け方に、この突起物のことは書いてなかった。たいていは、「オスの方が爪が長い」とか、「オスの方が顔つきがキツイ」とか、そういう曖昧なものだった。でも、私は昨日、決定的なものを見てしまったのだ!これが一番確実だろうと思う。(ほんとかな?もしや、あれは排卵管??)
最近よくカメちゃんを水槽から出して、ベランダを自由に歩かせている。タマジが番をしてくれる。番といっても、常に傍に付き添って眺めるだけ。カメちゃんがひっくり返って、もがいていても、眺めるだけ。昨日も昼間ずっと散歩させていた。そして、水槽に戻したとたん、ニョッキリと例のモノを出したのだ。
カメの水槽は、だいたい1週間に1回洗うことにしている。本当はもっと頻繁にやるべきなのだろうが、私にはこれが限界。べつにカメが好きというわけじゃない、というか、そもそも爬虫類は嫌い。だから、一種の「修行」(何の修行や!?)と思ってやっている。未だに、気持ち悪すぎて正視できない。なるべくご本尊は見ないようにして、仏具だけ心をこめて洗うという感じ。
性別もわかったことだし、そろそろ本格的に名前をつけるかな... 何にしよう?
6月 14, 2008
近況いろいろ
ずいぶん間があいてしまった。いつのまにやら梅雨。今日は梅雨の晴れ間だけど。
梅の季節。梅だけじゃない。枇杷にヤマモモ、野いちご、さくらんぼ、色んな果実が実を結び始めて、わくわくする。
書かない間に色んなことがあった。箇条書きにすると味気ないけど、ひととおり並べてみる。
・これまで5年間、お互いのブログを見たり、メールを交わしたりと、ネット上だけの付き合いだった中さん(ちょうど一回り年下の女性)に、ようやく会えた。
実在の人だった!(笑) 知的な側面、少女っぽい側面、繊細な側面、たくましい側面、いつも文章にも表れている、互いに相反するような彼女の様々な側面が、次々に表情に表れて、見る角度によって顔がくるくる変わる、魅力的な女性だった。だいたい想像通りの人だった。でも、やっぱり目の美しさなんかは、直に会ってみないと分からないものだなあと思った。人と会って、印象に残るのはやっぱり目だと思う。
・祖母が入院した。92歳にして、生まれて初めての入院。転んで骨折したのだ。
最初は暴言を吐いたり、駄々をこねて、家に帰りたがっていたが、ようやく落ち着きが出て、なぜ病院に居なければならないか理解し始めた様子。他人に自分の体をどうこうされるのが何より嫌いなのだ。
祖母はいま確実に「人生の総仕上げ」の時期に入っている。人生の終わり方というのは、本当に大問題だと思う。人間、いつかは、なんらかの形で、この世を辞さなければならない。それをどうやって成し遂げるか。今から考えておかなければと思う。
・青虫(さなぎ)が、小学校の行事で、5泊6日の「自然学校」なるものに行ってきた。かなり苛酷な日程だったようで、5年生みんな、野生児のように焼けて、痩せて、たくましくなって帰ってきた。
10歳から11歳のこの時期に、こういうイベントがあるのは、とてもいいことだと思う。この時期、特に女の子は体がずいぶん大人っぽくなる。心の変化も相当なものだろうと思う。「プチ成人」と言ってもいいかもしれない。そういう時期に、親元から離れて、一種の通過儀礼のように、同年齢の子たちとサバイバルを体験するのは意義深いことだろう。兵庫県独特の試みだというこの行事、予算の許す限り、末永く続いて欲しい。
・音楽上の素晴らしい「出会い」。これまで、バッハの鍵盤曲は、やっぱりチェンバロでなければ、と思っていたことが、とんでもない偏見だったと感じさせてくれるピアニストがいた。その偏見から、今まで聞く機会がなかったのだが、バッハ研究家の礒山雅先生のブログに触発されて、試しに聞いてみたら、これが本当に素晴らしい!ハンガリー出身のピアニスト、アンドラーシュ・シフだ。
まず、礒山先生おすすめの「パルティータ」を聞いた。そして、次々に「平均率クラヴィーア曲集1巻、2巻」、「インベンションとシンフォニア」、「ゴールドベルク変奏曲」、「イギリス組曲」、「フランス組曲」...と聞いていった。もう本当に夢中で。どんどん展開する新たな世界に、心はもう踊りっぱなし。おかげで、ちょっぴり鈍くなりかけていた私の音楽的感性が、一気にまた活性化した。
など。それらひとつひとつについては、また追い追い、詳しく書いていこうと思う。とりあえず忘れないために書き留めておいた。
梅の季節。梅だけじゃない。枇杷にヤマモモ、野いちご、さくらんぼ、色んな果実が実を結び始めて、わくわくする。
書かない間に色んなことがあった。箇条書きにすると味気ないけど、ひととおり並べてみる。
・これまで5年間、お互いのブログを見たり、メールを交わしたりと、ネット上だけの付き合いだった中さん(ちょうど一回り年下の女性)に、ようやく会えた。
実在の人だった!(笑) 知的な側面、少女っぽい側面、繊細な側面、たくましい側面、いつも文章にも表れている、互いに相反するような彼女の様々な側面が、次々に表情に表れて、見る角度によって顔がくるくる変わる、魅力的な女性だった。だいたい想像通りの人だった。でも、やっぱり目の美しさなんかは、直に会ってみないと分からないものだなあと思った。人と会って、印象に残るのはやっぱり目だと思う。
・祖母が入院した。92歳にして、生まれて初めての入院。転んで骨折したのだ。
最初は暴言を吐いたり、駄々をこねて、家に帰りたがっていたが、ようやく落ち着きが出て、なぜ病院に居なければならないか理解し始めた様子。他人に自分の体をどうこうされるのが何より嫌いなのだ。
祖母はいま確実に「人生の総仕上げ」の時期に入っている。人生の終わり方というのは、本当に大問題だと思う。人間、いつかは、なんらかの形で、この世を辞さなければならない。それをどうやって成し遂げるか。今から考えておかなければと思う。
・青虫(さなぎ)が、小学校の行事で、5泊6日の「自然学校」なるものに行ってきた。かなり苛酷な日程だったようで、5年生みんな、野生児のように焼けて、痩せて、たくましくなって帰ってきた。
10歳から11歳のこの時期に、こういうイベントがあるのは、とてもいいことだと思う。この時期、特に女の子は体がずいぶん大人っぽくなる。心の変化も相当なものだろうと思う。「プチ成人」と言ってもいいかもしれない。そういう時期に、親元から離れて、一種の通過儀礼のように、同年齢の子たちとサバイバルを体験するのは意義深いことだろう。兵庫県独特の試みだというこの行事、予算の許す限り、末永く続いて欲しい。
・音楽上の素晴らしい「出会い」。これまで、バッハの鍵盤曲は、やっぱりチェンバロでなければ、と思っていたことが、とんでもない偏見だったと感じさせてくれるピアニストがいた。その偏見から、今まで聞く機会がなかったのだが、バッハ研究家の礒山雅先生のブログに触発されて、試しに聞いてみたら、これが本当に素晴らしい!ハンガリー出身のピアニスト、アンドラーシュ・シフだ。
まず、礒山先生おすすめの「パルティータ」を聞いた。そして、次々に「平均率クラヴィーア曲集1巻、2巻」、「インベンションとシンフォニア」、「ゴールドベルク変奏曲」、「イギリス組曲」、「フランス組曲」...と聞いていった。もう本当に夢中で。どんどん展開する新たな世界に、心はもう踊りっぱなし。おかげで、ちょっぴり鈍くなりかけていた私の音楽的感性が、一気にまた活性化した。
など。それらひとつひとつについては、また追い追い、詳しく書いていこうと思う。とりあえず忘れないために書き留めておいた。
5月 26, 2008
5月 25, 2008
薔薇づくし
お湯を入れると、まず、青い色が出る。その後、みるみるうちに色が変わって、そのまま放置しておくと、なんともいえない薔薇色に。なんと贅沢なお茶!テーブルにこぼれたこのお茶のシミは、青紫色。あんまりきれいなので、拭かずに置いてある(笑)。いつか、この汁で絵を描いてみるといいかもしれない。
ちょっと手折って、家に飾ろうかと思ったけど、色んな虫や、蜘蛛の巣がついていて、それは断念。
次の写真は、昨日のローズウォーターが入ってたアマゾンの箱(小さい!)に無理やり入ったタマジ。ほんとは、中でまるくなりかったらしい。なんで、猫って、箱があると必ずはいるんだろう...
5月 24, 2008
買っちゃった!
紅茶に入れてもよし、アイスクリームにふりかけても良し。夏は霧吹きに入れて、冷蔵庫で冷やしておき、風呂上がりに、顔にシューッと一吹き。これが贅沢な楽しみ。
インド・バングラデシュに居たとき、よく使っていた。きっとイスラム文化の影響だろう、家にお客が来るときには、玄関にローズウォーターを撒いておく。客にも一滴振りかける(専用の銀製の道具あり)。お菓子にももちろん使う。あと、目を洗うのにも使うそうだ。
日本でローズウォーターを買ったのは、これで2度目。なんでこんなに高いんだろう... このヨルダン製は、他のに比べて安かったので、ちょっとお試し。香りはまず良し。ハンガリー製やブルガリア製に劣らない。これからはこれで行こう。
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