この人の作るおにぎりは、それはそれは美味しいらしい。それは梅干を漬けるところから始まって、すべての過程に妥協のない手間ひまがかけて作られている。感動的なほどおいしいおにぎり。人は美味しいと感じることで生きる力を取り戻すという。「食べる」という一番基本的な行為を、ここまで深化させたのは、ご自身がそれによって蘇った経験があるからだろう。
彼女は若い頃、肺をわずらって17年ものあいだ大変な毎日を送っていたらしい。どんな医者にかかっても、どんな薬を飲んでも、本当に「治った」という感覚を得られなかった。でも、どうしようもなく弱ったある春先、旬の魚(桜鯛)を、旬の野菜(蕗)と一緒に煮たものを食べたとき、体のすみずみにまで力が伝わっていくように感じたという。
以来、食べることで治ってきたという。人にも旬の食材で心をこめた手料理を提供しつづけてきた。特に極めておられるのが、おにぎり。空腹時に食べるおにぎりというのは、たしかに魂レベルでの感動をもたらす。ごはんだけでも十分に感動的だが、それをさらに誰かが「おにぎり」に握ってくれたら、体だけでなく心にまで深く染み入る。
もちろん、自殺まで考えているような人は、最初から食べられるわけではないらしい。何かがいっぱいいっぱいに詰まっていて、とても食べられる状態ではないのだろう。最初はただ、心に寄り添うようにして一緒に居るだけ。それから、ぼちぼち話し始める。それをそのまま受け入れながら聞いていると、そのうちその人に食べる余地が生まれてくる。そうして初めて食べ始める。食べ始めると、おいしいという感覚を抱くこともできる。そうなれば、あとは自然の仕事だ。
ものすごく基本的なことなのだが、なかなかできないことだと思う。
(日本-デンマーク戦の前日の夕焼け。月が上って幻想的だった。)