甥っ子の話すのを聞いていて、面白いことを思い出した。幼児語に見られる独特の規則性のこと。
甥っ子の場合: 「コップ」と言おうとすると「ポック」になり、「キップ」と言おうとすると「ピック」になる。
それで思い出したのが、サナギの小さい頃。サナギの場合: 「ピカピカ」と言うかわりに「キパキパ」になっていた。
お分かりだろうか?母音はそのままで、子音だけひっくり返るのである。なんでだろう??
小さいときは、子音と母音がばらばらに認識されるのだろうか?そのうち、それらが一体として認識されて、日本語という体系に収斂していくのだろうか?
なかなか面白い。
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そして、畑の現況: ショック!ソラマメの芽に、びっしりとアブラムシが!!
とりあえず、除虫菊スプレーと、油水で応急処置をしておいたけど、これからまた被害にあうかも。なかなか難しい...
1月 14, 2012
甥のこと、伯母のこと
年始から1週間、妹と甥っ子が来ていた。
人生のはじめから口が達者だったサナギに比べて、甥っ子はなかなか語彙が増えず、いつまでたっても「マンマ」しか言えなかったのに、最近は会うたびに口が達者になっていてびっくりする。妹に聞けば、最近は仕事が忙しくて、保育園の迎えから夕飯、夜の遊びまで、すっかりお姑さんに任せているそうだ。お姑さんのところは近所づきあいが密で、お姑さんは甥っ子を連れてしょっちゅうご近所さんを訪問するらしい。
久々に会った甥っ子のしゃべり方にちょっとびっくりした。
(タマジにちょっかいを出しながら)
「こんなんしたら、タマジくん、いやがらはる?」
(お風呂がわいて、それを知らせる音楽が鳴ったとき)
「あ、だれかお風呂はいりませんか~ってゆうたはるわ。」
なんと、すっかり京都のことばになっている!これは明らかに妹のしゃべり方ではない。むこうのお祖母ちゃんのしゃべり方だ。私はこの甥っ子のしゃべり方を聞いて、この子がどれほどお祖母ちゃんっ子になっているかが分かったような気がした。
母親がひとりで育てていると、つい子守をテレビやパソコンなどのメディアに任せてしまい、どこで育ったのかよく分からないような話し方をする子どもが増えていると思う。そんな中、この子はちゃんと方言を身につけつつ育っていると思うと、ちょっと嬉しくなった。
お姑さんが甥っ子に甘いものを食べさせすぎるだの、甘やかしすぎるだの、妹は色々と心配しているが、子どもがしっかりと生身の人間関係の中で育っていることについて、妹はお姑さんに大いに感謝すべきだと思う。
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そして、ちょうど妹親子がやってくる日に訃報が届いた。
元日に、芦屋に住む伯母(※母の一番上の姉)が亡くなったという報せだった。みんな覚悟はしていたが、やはりかなしかった。幼い頃は自分の母親に縛られ、嫁いでからは夫に縛られ、服従また服従の人生だった。もう少し長く生きて、せめて人生の最後ぐらいは自由を満喫してほしかったのに。70歳を越えた頃から急に血が造れなくなり、治療法はないと言われた。私はひそかに幼少期の被爆のせいではないかと思っている。(伯母は原爆投下後、すぐに広島市内に戻って小学校に通っていたらしい。)でも、今となってはもう検証のしようがないし、しても仕方がない。
そんなに頻繁に会う関係ではなかったが、長女特有の意地の強さ、頑固さを共有する者として、この伯母には特に親近感を覚えていた。私の母は3姉妹の末っ子で、この伯母をつねに心の支えにしていたから、母もずいぶん心細く感じていると思う。
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ところで、妹のおなかの中には次の生命が宿っている。
こうして、ひとつの命が逝き、またひとつの命がやってくる。そういえば、甥っ子が妹のおなかに宿ったのも、祖母(※母の母)が亡くなったときだった。
人生のはじめから口が達者だったサナギに比べて、甥っ子はなかなか語彙が増えず、いつまでたっても「マンマ」しか言えなかったのに、最近は会うたびに口が達者になっていてびっくりする。妹に聞けば、最近は仕事が忙しくて、保育園の迎えから夕飯、夜の遊びまで、すっかりお姑さんに任せているそうだ。お姑さんのところは近所づきあいが密で、お姑さんは甥っ子を連れてしょっちゅうご近所さんを訪問するらしい。
久々に会った甥っ子のしゃべり方にちょっとびっくりした。
(タマジにちょっかいを出しながら)
「こんなんしたら、タマジくん、いやがらはる?」
(お風呂がわいて、それを知らせる音楽が鳴ったとき)
「あ、だれかお風呂はいりませんか~ってゆうたはるわ。」
なんと、すっかり京都のことばになっている!これは明らかに妹のしゃべり方ではない。むこうのお祖母ちゃんのしゃべり方だ。私はこの甥っ子のしゃべり方を聞いて、この子がどれほどお祖母ちゃんっ子になっているかが分かったような気がした。
母親がひとりで育てていると、つい子守をテレビやパソコンなどのメディアに任せてしまい、どこで育ったのかよく分からないような話し方をする子どもが増えていると思う。そんな中、この子はちゃんと方言を身につけつつ育っていると思うと、ちょっと嬉しくなった。
お姑さんが甥っ子に甘いものを食べさせすぎるだの、甘やかしすぎるだの、妹は色々と心配しているが、子どもがしっかりと生身の人間関係の中で育っていることについて、妹はお姑さんに大いに感謝すべきだと思う。
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そして、ちょうど妹親子がやってくる日に訃報が届いた。
元日に、芦屋に住む伯母(※母の一番上の姉)が亡くなったという報せだった。みんな覚悟はしていたが、やはりかなしかった。幼い頃は自分の母親に縛られ、嫁いでからは夫に縛られ、服従また服従の人生だった。もう少し長く生きて、せめて人生の最後ぐらいは自由を満喫してほしかったのに。70歳を越えた頃から急に血が造れなくなり、治療法はないと言われた。私はひそかに幼少期の被爆のせいではないかと思っている。(伯母は原爆投下後、すぐに広島市内に戻って小学校に通っていたらしい。)でも、今となってはもう検証のしようがないし、しても仕方がない。
そんなに頻繁に会う関係ではなかったが、長女特有の意地の強さ、頑固さを共有する者として、この伯母には特に親近感を覚えていた。私の母は3姉妹の末っ子で、この伯母をつねに心の支えにしていたから、母もずいぶん心細く感じていると思う。
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ところで、妹のおなかの中には次の生命が宿っている。
こうして、ひとつの命が逝き、またひとつの命がやってくる。そういえば、甥っ子が妹のおなかに宿ったのも、祖母(※母の母)が亡くなったときだった。
1月 09, 2012
年末年始覚書
題して、写真でたどる年末年始。
今年のクリスマスの主役。 職場の同僚が陶器で作ってくれたサンタとトナカイ。 それと、年若い友達が毎年送ってくれる木製リース。 |
年賀状のデザインに使おうと近所で集めた葉っぱと木の実。 野ばらの実・ヘクソカズラの実・ヨモギの葉・南天の葉・ツツジの葉など でも結局これは使わなかった。 |
年の瀬が押しつまった頃に訪れるサナギの誕生日。 生クリームのケーキは苦手なサナギのために チーズケーキで作ってもらったケーキ。 |
31日になって、ようやく大そうじ。 慣れない作業で(部屋の掃除)ぶっ倒れるサナギを見守るタマジ。 |
こんどは自分がぶっ倒れているタマジ。 「猫はコタツで丸くなる♪」というのは大間違いで、 コタツの中の猫は基本的にのびている。 |
これは他人の画像のパクリ。 月食の頃、ツィッターやfacebook に出回った素敵な画像。 |
年が明けて新年。 最近恒例になってきた神戸布引ハーブ園行き。 ロープウェイに乗って大阪方面を臨む。 よく晴れて風の強い日だった。寒いけど気持ちよかった。 お目当てはハーブ園のビュッフェ・レストラン(画像なし)。 |
いい天気だったのに急変。いきなり小雪が降り始めた。 でもハーブ園内に設置された無料の足湯に脚を入れたらぽっかぽか。 神戸の景色を一望しながらくつろげるこの足湯は◎。 |
久々に行ってみた畑では、遅れて蒔いた絹さやが芽を出していた。 ほったらかしでも、年末年始、ちゃんと成長していた。 |
1月 01, 2012
今年もよろしく
年が改まって、また新しい1年が始まりました。みなさん今年もよろしくお願いします。
道を歩いていたら、ほんのりといい香り。ああ今年もまた新年が始まるのだなあと心から実感するのは、この香りに出会うとき。それは私の大好きな花、ロウバイ(蝋梅)。今年はなぜかどの蝋梅も葉っぱが沢山残っている。そういえば、秋の紅葉も赤くならずに枯れたり、なかなか葉っぱが散らない木があったりして、何かへんだった。
今年も畑をがんばるつもり。いま植わっているのは、タマネギ2種類、えんどう豆、ソラマメ、絹さや、蕪、ほうれん草、レンゲ、お試しで植えてみたインド土産のコリアンダー、ビーツ。収穫はまだまだ。
タネのこと、野菜の栽培周期のこと、土壌のことなど、やってみないと分からなかったことなどがいっぱいあって、やっぱり何事も体験あるのみとしみじみ納得。
昨年の最大の収穫は、自分の居場所を見つけたこと。畑にひとりで居ると、ああこれこそが自分の知ってる自分だと実感する。自分が一番自分らしく居られる場所、それが「居場所」だと思う。それは私の場合、土、虫、植物、鳥などが豊富にそろった場所なんだと改めて気がついた。
出血多量の結果、ひどい貧血になっていたことが分かり、薬嫌いで有名な私だけど、やむなく鉄剤を飲んでいる。動悸息切れ、耳鳴り、頭痛があまりに激しくなってきていたので。初めての体験にびっくりしているところだけど、これまでが健康すぎたのかもしれない。これでようやく少しは人の痛みが分かる人間になれるかもしれないと思うと、これもひとつの収穫と思うべきかも。
というわけで、しばらく更新が滞っていたこの日記を忘れずにのぞいて下さった方、有難うございます。畑のことは紙のほうの日記帳に書いていっているので、なかなかこちらに報告できずにいました。でも、こちらの日記もまたちょこちょこ更新していきますので、どうぞよろしく。
蝋梅(ロウバイ)の花 |
道を歩いていたら、ほんのりといい香り。ああ今年もまた新年が始まるのだなあと心から実感するのは、この香りに出会うとき。それは私の大好きな花、ロウバイ(蝋梅)。今年はなぜかどの蝋梅も葉っぱが沢山残っている。そういえば、秋の紅葉も赤くならずに枯れたり、なかなか葉っぱが散らない木があったりして、何かへんだった。
芽を出したえんどう豆 |
今年も畑をがんばるつもり。いま植わっているのは、タマネギ2種類、えんどう豆、ソラマメ、絹さや、蕪、ほうれん草、レンゲ、お試しで植えてみたインド土産のコリアンダー、ビーツ。収穫はまだまだ。
タネのこと、野菜の栽培周期のこと、土壌のことなど、やってみないと分からなかったことなどがいっぱいあって、やっぱり何事も体験あるのみとしみじみ納得。
芽を出したソラマメ |
昨年の最大の収穫は、自分の居場所を見つけたこと。畑にひとりで居ると、ああこれこそが自分の知ってる自分だと実感する。自分が一番自分らしく居られる場所、それが「居場所」だと思う。それは私の場合、土、虫、植物、鳥などが豊富にそろった場所なんだと改めて気がついた。
出血多量の結果、ひどい貧血になっていたことが分かり、薬嫌いで有名な私だけど、やむなく鉄剤を飲んでいる。動悸息切れ、耳鳴り、頭痛があまりに激しくなってきていたので。初めての体験にびっくりしているところだけど、これまでが健康すぎたのかもしれない。これでようやく少しは人の痛みが分かる人間になれるかもしれないと思うと、これもひとつの収穫と思うべきかも。
というわけで、しばらく更新が滞っていたこの日記を忘れずにのぞいて下さった方、有難うございます。畑のことは紙のほうの日記帳に書いていっているので、なかなかこちらに報告できずにいました。でも、こちらの日記もまたちょこちょこ更新していきますので、どうぞよろしく。
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